コラム

「史上最大の難民危機」で新興国でも難民ヘイトが表面化 この状況で有利になるのは...

2023年04月21日(金)15時25分

難民をブロックする動き

これに対して、各国では難民の流入阻止を加速させている。

例えばイタリアでは昨年、法律が改正され、地中海を小さな船で渡ってくる難民の救助活動を行うNGOなどに、救助後ただちに関係機関に届け出ることが義務化された。その理由は「状況を正確に把握するため」と説明された。

しかし、支援団体などからは「役所での手続きに必要な時間が増え、これまでより救助活動のペースが落ちた」といった批判や苦情が相次いでいる。

一方、中南米からアメリカを目指す人々に(自らも移民系の)ハリス副大統領が「来ないでもらいたい」と繰り返してきたアメリカ政府は、難民申請の基準も厳格化してきた。

とりわけ滞在許可の得やすい子連れ家族の入国制限強化を検討中ともいわれ、人権団体などから「(人の移動を制限した)トランプ政権のレプリカ」とも批判されている。

2014年からのシリア難民危機がヨーロッパを二分し、イギリスのEU離脱の引き金になったように、難民増加は国内政治問題になりやすいため、経済が不安定化する状況で各国政府がブレーキを踏みやすくても不思議ではない。

先進国の「防波堤」とは

先進国がドアを閉ざすのと連動して、その周辺の新興国・途上国では「混雑」が先進国以上になっている。

具体的には、中東とヨーロッパの継ぎ目にあるトルコ、アメリカと中南米の境目であるメキシコ、地中海を挟んでイタリアの対岸にあたるチュニジアなどがそれにあたる。

これらの国には、欧米各国に入れない難民の多くが滞留してきた。しかも、同じような難民は後から後からやってくる。そのため、例えばトルコは世界最大の難民受け入れ国であり、390万人が滞在している。

トルコほどでなくとも、メキシコには約21万人、人口1200万人程度のチュニジアにも約1万人の難民が滞在している。

もともと難民のほとんどは新興国・途上国で保護されてきた。UNHCRによると、2021年段階で難民のうち出身国の隣国で保護される割合は69%を占めた。難民を生み出した国のほとんどが途上国で、途上国の隣国の多くは途上国だ。

そのなかでもトルコ、メキシコ、チュニジアなどは、いわば先進国の防波堤になっているともいえる。

新興国にも広がる難民ヘイト

それだけに、これら各国でも先進国と同じく、難民ヘイトが横行するのは不思議ではない。

最大の難民受け入れ国トルコでは今年2月の大地震後、シリア系難民への嫌がらせや襲撃が多数報告されるようになった。「難民が略奪している」といったデマが原因だった。

メキシコでは他の中南米からやってきた難民、とりわけ先住民系に対する軍や警察の超法規的な拘束や暴行もしばしば報告されている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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