コラム

「史上最大の難民危機」で新興国でも難民ヘイトが表面化 この状況で有利になるのは...

2023年04月21日(金)15時25分

さらにチュニジアでは2月21日、サイード大統領が「アフリカの不法移民の群れが暴力や犯罪を運んでくる」、「犯罪的な陰謀によってチュニジアがアラブ人の国ではなくアフリカの国にされてしまう」と述べた。

サイードの演説をきっかけに黒人への襲撃は急増し、人権団体アムネスティ・インターナショナルは一部の警官までもこれに加わっていたと報告している。

周辺国からも批判が噴出するなか、サイードは「自分の発言がねじ曲げて解釈された」と弁明に追われた。

史上最大の難民危機は、これまで先進国で目立っていた難民ヘイトが新興国でも表面化するきっかけになったといえる。

有利なのは誰か

しかし、こうした難民ヘイトを先進国が批判することは稀で、むしろこれら各国への援助は増えている。これらが先進国の防波堤になっている以上、不思議ではない。

メキシコの人権活動家でコラムニストのベレン・フェルナンデスは「難民を制限したいアメリカの汚れ仕事をメキシコは引き受けている」と指摘する。

この状況で有利な者があるとすれば、その最有力候補はロシアのプーチン大統領かもしれない。

「多くの難民はロシアまで来ないので高みの見物ができる」という意味だけではない。難民危機が深刻化するほど、プーチンに近い政治的立場が欧米で広がるからだ。

ウクライナ侵攻以前からプーチンは「リベラルな価値観は時代遅れ」と公言し、外国人や異教徒、女性、性的少数者などの権利保護にも消極的だった。その国家主義、伝統主義的な主張は、多様性や流動性といった価値観を否定するものだ。

しかし、こうした主張はグローバル化に拒絶反応を示す欧米の多くの白人右翼をひきつけ、ロシアは「キリスト教の伝統的価値観を守る大国」の認知も勝ち取った。「異物」を排除しようとするアメリカのトランプ前大統領やフランスの最大野党・国民連合のルペン党首なども、プーチンと良好な関係で知られた。

プーチンに近い立場の台頭

欧米ではウクライナ侵攻後、ロシアへの反感は強いものの、それはプーチンに近い政治的立場が信頼を失ったことを意味しない。実態はむしろ逆で、ナショナリズムの高まりにより、「反多様性、反流動性」という点でプーチンと似た政党・政治家の台頭が目立つとさえいえる。

それは昨年からの欧米での選挙結果からうかがえる。

昨年4月のフランス大統領選挙決選投票でルペンは現職マクロン大統領に敗れたものの、その得票率はこれまでで最多となる41.45%を記録した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-米、イランのフーシ派支援に警告 国防長官「結

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story