コラム

日中の「援助競争」はアフリカの自助努力を損ないかねない

2022年09月02日(金)17時10分

これがアフリカのためになっているというなら、まだしも救いがある。日本政府はアフリカの「自助努力」支援を公式の目標としている。

しかし、援助競争はアフリカの自助努力をむしろ損なわせやすい。

複数がアプローチする構造のもとでは、アプローチされる側の方が、発言力が強くなる。「日中のライバル関係」はアフリカ各国の政府からみれば「売り手市場」の構図となり、日中それぞれにさまざまなリクエストをし放題となりやすい。

「4兆円」はどこから出たか

中国は2019年、ケニア政府から出ていた、鉄道建設のための36億ドルの融資の要望を断った。その直前、ケニアでは中国の協力で472キロメートルに及ぶ長距離鉄道が完成したばかりだった。

これに象徴されるように、中国は近年アフリカ向けのインフラ建設にブレーキをかけている。昨年開催されたFOCAC8で中国政府はアフリカ各国に対して、400億ドルの資金協力を約束した。その3年前の2018年、FOCAC7で提示された資金額は600億ドルだった。

この減額はコロナ禍による中国自身の経済停滞や、「債務のワナ」に対する国際的な批判の高まりを受けての反応というだけでなく、援助競争を背景にアフリカ側が要求をエスカレートさせることにクギを刺したものとみられる。

日中援助競争でリードする中国の場合、日本を下回らない範囲で減額もできる。しかし、リードを許したくない日本政府にそれはできない。

今回のTICAD8で日本政府が提示した300億ドルという金額は、何らかの具体的なプロジェクトの積み重ねで算出された数字ではなく、「中国との差が開かないように」という政治的判断で出てきたものといえる。

さらに、今年6月、アフリカやアジアで中国にリードを許したインフラ建設の「失地回復」のため、アメリカのテコ入れでG7が5年間で6000億ドルを拠出すると決定したことも、これを後押ししたといえる。

誰がために

外交である以上、短期的な損得だけでなく長期的・戦略的な目標をもつことは避けられない。

また、将来の伸びしろを考えれば、資源調達や市場開拓などを目的にアフリカへ進出することも必要だろう。

とはいえ、これまでの成果に関する検討も十分でないまま、やみくもに突き進むのは本末転倒だろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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