コラム

トルコで広がるウイグル狩り──中国の「ワクチンを送らない」圧力とは

2021年03月05日(金)19時35分

イスタンブールに暮らすウイグル人のデモ(2020年10月1日) Murad Sezer-REUTERS


・中国で弾圧され、国外に逃れたウイグル人を最も多く受け入れているのは、民族的に近いトルコである

・しかし、トルコでは最近、亡命ウイグル人の間に、中国に強制送還される不安が広がっている

・トルコ政府の変心の背景には、コロナワクチンの提供を手段とした中国の圧力があるとみられる

中国での弾圧を逃れた亡命ウイグル人は、海外でも安心できない。受け入れ先の政府が、中国の圧力によって態度を変えかねないからだが、その波は最大のウイグル人受け入れ国トルコにも及んでいる。

「昨夜15人が消えた」

中国の新疆ウイグル自治区でのウイグル弾圧は、日本でもこの数年で広く知られるようになった。ウイグル人のなかには運よく国外に逃れられた者もあるが、中国当局の手を逃れた彼らを、今度は受け入れ国の政府が追ってくることも珍しくない。

トルコでは最近、当局によってウイグル人が国外退去の処分を受けるケースが増えている。2月中旬、イギリスメディアの取材に応じたイスタンブールに暮らすウイグル人男性は、「昨晩だけで15人が連れていかれた。彼ら(トルコ政府)は少しずつ実行しているんだ」と述べている。

その多くは合法的に在住しているウイグル人だが、さまざまな理由をつけられて警察に連行された後、トルクメニスタンなど第三国を経由して、この数年で数百人が中国に送られているとみられる。

トルコに暮らす亡命ウイグル人にはウイグル伝統のものを扱う雑貨店や飲食店などを営む者が多いが、警官などの目にとまりにくくするため、店の看板やディスプレイを外す動きも広がっているという。

トルコはウイグル人に冷たいわけではない。むしろトルコ人は民族的にウイグル人に近く、そのためにトルコはこれまで亡命ウイグル人の最大の受け入れ国となってきた。トルコに暮らすウイグル人は約45,000人と推計される。トルコのエルドアン大統領は2009年、中国のウイグル弾圧を「大量虐殺」と呼び、中国と外交的なトラブルになったこともある。

現在でもトルコ政府は少なくとも公式にはウイグル問題に熱心な姿勢を保っている。しかし、その影でウイグル狩りが進む状況は、もはや亡命ウイグル人にとって安心できる土地がなくなりつつあることを象徴する。

巨大な監獄社会・新疆

亡命ウイグル人はなぜ中国当局に追われるのか。

そのほとんどがムスリムであるウイグル人は、中国の55の少数民族で最も人口が多く、なかには中国の支配から独立しようとする一派もある。中国政府は分離主義を「テロ」と位置づけ、数百万人を「再教育キャンプ」と呼ばれる強制収容所に収容してきた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story