コラム

「テロ支援国家」スーダンはなぜイスラエルと国交正常化するか

2020年10月27日(火)14時00分

しかし、スーダンの油田の多くを占めていた南部が、30年以上の内戦を経て南スーダンとして2011年に独立するや、中国はスーダンへの関与を控え、南スーダンへのアプローチを強めた。バシール失脚にも中国は目立った反応を示していないが、その大きな原因の一つは、油田の多くを失ったスーダンに、もはやかつてほどの利用価値を見出していないからだろう。

アメリカとの交換条件

中国からの援助や投資が減少するなか、スーダンはアメリカなど西側との関係改善に着手してきた。

バシールが失脚した後のスーダンでは、旧軍事政権と民主化運動がそれぞれ代表を出し合う暫定政権が昨年7月に発足。2022年には選挙が実施される見通しだ。

スーダン暫定政権は昨年11月には服装(外出時のスカーフ着用やパンツルック禁止など)や行動(家族・配偶者以外の男性との外出禁止)など、女性の権利を事細かに規制していたバシール政権時代の法律が撤廃され、今年7月には古くからの習慣である女性器切除が法的に禁じられた。これらはいずれも、西側に接近する必要性によって後押されたといえる。

人権状況の改善をいわば手土産とする暫定政権に対して、トランプ大統領は10月19日、スーダンを「テロ支援国家」から除外する方針を示した。

それからわずか4日後、スーダン暫定政権ではなくトランプ大統領が「スーダンとイスラエルの国交正常化」を発表したのである。ここからは、スーダンがアメリカとの関係改善の引き換えに、イスラエルとの国交正常化に向かわざるを得なかったことがうかがえる。

「国民に殺されるかもしれない」

この取り引きはスーダン暫定政権にとって、外交的に必要だったとしても、国内的には大きなリスクを抱えたものだ。

実際、トランプ大統領の発表直後、スーダンの首都ハルツームでは抗議デモが発生し、参加者がイスラエルの国旗を燃やして国交正常化に反対した。

先述のように、聖地パレスチナの帰属が絡むパレスチナ問題でイスラエルに譲歩すれば、イスラーム世界において「裏切り者」とみなされやすい。それは「イスラームの盟主」を自認するサウジアラビアでさえ例外ではなく、同国の事実上の最高権力者ムハンマド皇太子は「もしイスラエルと国交を正常化したら自分は国民に殺されるかもしれない」と述べている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story