コラム

日本の遺産を食いつぶす安倍首相──「イラン緊張緩和に努力」の幻想

2019年05月29日(水)12時40分

実際に火の粉が飛んでくることから、日本政府がこの問題に強い関心をもつこと自体は不思議ではない。

「努力」の向かう先

とはいえ、問題はその先だ。

緊張緩和のために努力するという安倍首相の提案をトランプ大統領が歓迎したことに表れているように、日本政府のいう「努力」とは暗黙のうちにイランへの働きかけを意味する。ところが、イランをめぐる緊張を高めてきたのは、むしろアメリカだ。

トランプ大統領は2017年、2015年にイランがアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国と交わした核合意を「根本的に欠陥がある」として、一方的に離脱を宣言した。トランプ氏のいう欠陥とは、この核合意が原子力の平和利用を目的とする低濃縮ウランの製造をイランに認め、弾道ミサイルも規制していないことにある。

しかし、これらまで禁止しようとすれば、イランの反アメリカ感情がさらに増すことが目に見えていた。そのため、2015年の核合意は「核兵器の開発禁止」に特化することで成立したのだが、トランプ大統領はこの成果を無視して一方的に合意を破棄し、根拠を示さないままに「イランの脅威」を宣伝したことで、いまの緊張が生まれた。

つまり、もし緊張緩和に努力するつもりなら、安倍首相はまずトランプ氏にブレーキを踏むよう提案するところから始めなければならないはずだ。ところが、少なくとも公式の情報からはそうした様子が全くみえなかった。

ゴルフ場のカートでそんな話をしたという可能性はゼロではない。しかし、誰も聞いていないところで働きかけてもほとんど意味がない。「アメリカに働きかけた」というメッセージがイラン側に伝わらなければ、仲介役として信用されないからだ。

アメリカにアクションを求めないこともやはり「恩を売る」戦術なのかもしれないが、いずれにせよその立場で緊張緩和に努力するとなれば、イランに何らかの対応を求めることになる。

しかし、イランが核合意に従ってきたことは、国際原子力機関(IAEA)も認めている。イランの立場からすれば、アメリカこそが脅威だ。トランプ氏とはゴルフ場で仲良くツーショットに収まっておきながら、自己防衛に向かわざるを得ないイランに「戦争はやめてくださいね」と求めるなら、本末転倒と言わざるを得ない。

「親日国」の虚像

もちろん、アメリカとの関係を最優先にするなら、「イランに何か要請すること自体に意味がある」という考え方はあるだろう。つまり、実際には大局に影響がないと知りながら、ポーズだけでもその場に立ち会うことで、「役割は果たした」といえるようにする、いわばアリバイ工作だ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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