コラム

謎多きスリランカ同時多発テロ──疑問だらけの事件を振り返る

2019年04月23日(火)18時00分

だとすると、同時多発テロがイスラーム過激派の犯行だった場合、なぜキリスト教会を主たる標的にする必要があったのだろうか。言い換えると、自爆したとみられるハーシム師はキリスト教を敵とみなしていたが、やはり敵とみなしていた仏教は、なぜ攻撃対象に加えなかったのか。

「シリア帰り」は関わっているか?

これに関して、外部からの影響が強かったなら説明はつく。

2014年以降、スリランカからは少なくとも32名がシリアに渡り、イスラーム国(IS)に参加したとみられている。スリランカ当局の見立てにあるように、今回の事件はきわめて計画的に実行されたものとみてよく、IS外国人戦闘員として実戦経験を積んだ「シリア帰り」、あるいはアルカイダ系テロリストが関与しているなら、その手際よさは理解できる。

また、こうした組織が主導権を握ったなら、教会や高級ホテルが狙われたことも不思議ではない。グローバル・ジハードを掲げる組織はアメリカとその同盟国を見境なく攻撃するため、こうした場所を狙いやすい。

しかし、スリランカ当局が名指ししたNational Thoweeth Jama'athは、ほとんど知られていないローカルな組織に過ぎないとみられる。いかにハーシム師が現地で不満を抱くムスリムの支持者を集めたとしても、それだけで高度に組織化された同時多発テロで300人近くを殺害できるかは疑問だ。

さらに、ローカルな組織の場合、まず「自分たちを弾圧している」政府系機関を標的に加えるのが常套手段で、スリランカの場合はこれに加えて仏教寺院が襲撃されてもおかしくないはずだが、今回のテロの対象にそれらは含まれていない。

繰り返しになるが、「シリア帰り」などが主導権を握っていたならこれらの疑問は一応解消されるが、その場合でも疑問は残る。

グローバル・ジハードを叫ぶ国際的なイスラーム過激派にとって、これだけ世界中から注目を集めるテロ事件を実行したのは「トロフィー」であるはずで、一刻も早く宣伝するのが普通だ。それにもかかわらず、丸一日たっても犯行声明がないのは不自然と言わざるを得ない。

こうしてみたとき、この事件には奇妙な点が多すぎる。

なぜ、防げなかったか

これに加えて、スリランカ政府の対応にも疑問は残る。

先述のように、ウィクラマシンハ首相は爆破テロの情報を事前に掴んでいたことを明らかにしたうえで、日程などが特定できなかったと釈明した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story