コラム

NZテロをなぜ遺族は許したか──トルコ大統領が煽る報復感情との比較から

2019年03月22日(金)12時30分

NZクライストチャーチのモスクでテロの犠牲になった70歳男性の葬儀(2019年3月21日)Edgar Su-REUTERS


・トルコのエルドアン大統領はクライストチャーチのモスク襲撃事件をトルコやイスラーム世界に対する攻撃の一部と位置付け、欧米諸国への批判を強めた

・エルドアン大統領の言動は事件を政治的に利用しているだけでなく、危険かつ不公正という点で、ほとんどのムスリムよりむしろ白人右翼テロリストに近い

・さらに、ただ報復感情を煽ることは、犯人を「許す」と述べた犠牲者遺族に寄り添うものでもない

クライストチャーチでのモスク襲撃事件を受けて、二つのコメントが世界の関心を集めた。一つは犠牲者遺族の男性が述べた「犯人を許す」という発言で、もう一つはトルコのエルドアン大統領による「(事件は)欧米諸国がこれまで無視してきたイスラーム嫌い(イスラモフォビア)の高まりの兆候」という主張だ。これらを比べると、欧米諸国全体を告発したエルドアン大統領の発言の方が「勇ましい」が、「犯人を許す」と述べた犠牲者遺族の方が人間としては強い。

事件の政治利用

トルコのエルドアン大統領は3月17日、テロ事件の実行犯タラント容疑者が撮影したモスク襲撃の動画を選挙集会で上映し、これをトルコとイスラーム世界に対する攻撃の一部と位置づけた

そのうえで、エルドアン大統領は(トルコを二度訪問した)タラント容疑者の「ボスポラス海峡の西側(つまりヨーロッパ)からムスリムを排除したい」という発言を引用して、「つまり、ヨーロッパに我々は行くなということだ。さもないと、彼(タラント容疑者)はイスタンブールにきて、我々を皆殺しにして、我々の土地を奪うつもりだった」。

エルドアン大統領が上映した動画は、タラント容疑者が撮影したものだ。この動画が掲載されていたフェイスブックのタラント容疑者のアカウントは削除されているが、動画はすでに拡散している。それを公の場で上映したことに、ニュージーランドのピーターズ外相は「国内外のニュージーランド人の未来と安全を損なうものであり、まったく不当なこと」と非難している。

クライストチャーチの事件では50人の犠牲者が出たが、3人のトルコ人も負傷した。それもあって、他のイスラーム諸国と同様、トルコでもクライストチャーチ事件やイスラーム嫌いへの抗議デモが発生している。これらを考えれば、エルドアン大統領の言動に理解を示す向きもあるかもしれない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

加州高速鉄道計画、補助金なしで続行へ 政権への訴訟

ワールド

コソボ議会選、与党勝利 クルティ首相「迅速な新政権

ワールド

訂正中国軍、台湾周辺で「正義の使命」演習開始 30

ビジネス

中国、無人航空機を正式規制 改正法来年7月施行
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story