コラム

NZテロをなぜ遺族は許したか──トルコ大統領が煽る報復感情との比較から

2019年03月22日(金)12時30分

しかし、エルドアン大統領の言動は、事件を政治利用したものと言わざるを得ない。

トルコは建国以来「世俗主義」を国是としてきたが、エルドアン大統領は「ムスリム同胞団」などイスラーム主義団体を大きな支持基盤に抱えており、2003年以来イスラームに傾いた政策を相次いで実施してきた。その支持者たちを前に、白人キリスト教徒によってムスリムが虐殺される様子をみせることは、報復感情や宗教意識を鼓舞し、ひいてはアメリカをはじめ欧米諸国とさまざまなシーンで対決する自らへの支持を訴えるものになる。

白人右翼との共通性

そのうえ、エルドアン大統領の言動には、白人右翼との共通性も見出せる。

これまで、自国民や同胞がテロの犠牲者になった時、各国政府の代表はテロを批判しながらも、テロリストが所属する国家や文明を批判することを控えてきた。9.11後のアメリカでは「イスラームそのものに問題がある」という意見も珍しくなくなったが、少なくとも責任あるポジションの者がそれを口にすることはほとんどなく、ジョージ・ブッシュ大統領(当時)でさえ、内心はともかく公の場ではイスラームそのものを批判することはほとんどなかった。

「(そこに社会的背景があるにせよ)テロを行うのは一部の個人や勢力で、特定の国や文明の責任ではない」ことは、外交辞令としても、あるいは事実認識としても、当然のことといえる。そうでなければ、イスラーム諸国は自己批判を続けなければならない。実際、イスラーム過激派によるテロについて、イスラーム諸国の政府は「過激派は正しいムスリムではない」と言うのが一般的で、エルドアン大統領もこの点では同じだ。

つまり、エルドアン大統領がイスラーム過激派のテロを「常軌を逸した一部の連中がやったことで、イスラームそのものに問題はない」と扱いながら、白人右翼テロを「これこそ白人世界の典型」といわんばかりに取り上げることは、全くフェアではない。言い換えると、タラント容疑者を白人の代表として扱うことは、ビン・ラディンを典型的なムスリムとみなすのと同じくらい、偏見と敵意を再生産するものでしかないのである。

特定の文化や人種・民族への反発や敵意、あるいは相手に対する(根拠のない)優越感やコンプレックスがなければ自尊心すら保てない人々を煽動する点で、エルドアン大統領はほとんどのムスリムより、白人右翼に近いとさえいえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユニリーバ、第3四半期売上高が予想上回る 北米でヘ

ワールド

「トランプ氏は政敵を標的」と過半数認識、分断懸念も

ワールド

サハリン2、エネルギー安保上極めて重要な役割果たし

ワールド

AI躍進は90年代ネットブームに類似 データセンタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 4
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 9
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 7
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story