コラム

なぜ「マケドニアの国名変更」が米ロの緊張を呼ぶか──「フェイクニュース大国」をめぐる攻防

2018年10月02日(火)15時04分

AFPの取材に応じた、大学の工学部に所属する20歳の若者は広告収入で月に200ユーロを稼いでいたと述べ、フェイクニュースが大統領選挙の結果に影響したかという問いに「分からないし、興味もない」と答えたうえで、「人が読みたいと思うものを書いていたんだ」。また、その友人で、やはりフェイクニュースを書いている若者は、「非難したければすればいい。だけど、そうするか記事を書くかと言われたら、自分は記事を書く方を選ぶ」と悪びれない。

これらの若者にとって、海外ニュースに手を加えて、根拠のない話を拡散させることは、一種のアルバイトに過ぎずない。その背景には生活苦があり、マケドニアの一人当たりGDPは5,442ドルにとどまる(ユーロ圏の平均は3万6,869ドル)一方、失業率は22.4パーセント(ユーロ圏平均9パーセント)にのぼる(世界銀行)。とりわけ、若年層の失業率は47パーセントにのぼる。

EUに加盟できず、ヨーロッパからの投資が滞りがちなことは、マケドニアでフェイクニュース産業が蔓延する一つの背景になってきたといえる。

フェイクニュース発信地の根絶

ただし、マケドニアでフェイクニュース産業が無職の若者たちを吸収していることは確かとしても、これが自然発生的なものに過ぎないかは疑問の余地がある。

アメリカのニュースサイトBuzzFeed Newsによると、マケドニアの著名な弁護士トラシェ・アルソフ氏は自らFacebookでFOX Newsなどトランプ支持派のメディアの記事を拡散させるだけでなく、(いずれもアメリカの極右ニュースサイトである)Gateway Punditの創設者パリス・ウェイド氏やLiberty Writers Newsの創設者ベン・ゴールドマン氏らとも親交があり、その一方では(ムラー特別検察官がロシアゲート疑惑で捜査対象にしている)ロシアのエージェント、アンナ・ボガチェフ氏とも交友関係が指摘されている。

BuzzFeedはアルソフ氏をマケドニアにおけるフェイクニュース産業の「ゴッドファーザー」とみなしている。つまり、マケドニアの「フェイクニュース産業」は若者の自然発生的なアルバイトであると同時に、アメリカの極右勢力やロシアが関与した組織的な政治活動でもあるというのだ。

もちろん、これは調査・捜査の段階であり、確定的なことはいえない。しかし、確かなことは、この疑惑を解明するとともに、蔓延するフェイクニュース産業を壊滅させるうえで、マケドニアを西側の引力圏に引き込むことが重要な手段になることだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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