コラム

【アメリカ】泥沼のアフガニスタンからの「名誉ある撤退」は可能か──タリバンとの交渉の落とし穴

2018年08月07日(火)19時30分

また、同国南部を実効支配するタリバンをどのように扱うのかも、アフガニスタン政府にとっては頭の痛いところだ。ISが勢力を広げていることもあり、アフガニスタン政府・軍は同国の30パーセントほどしか掌握していない。そのため、たとえ停戦合意が実現しても、現実的には南部をタリバンに委ねざるを得ないが、これまで戦闘を重ねてきた相手と権力を分け合うことは、アフガニスタン政府にとってハードルが高い。

つまり、アフガニスタン政府とタリバンの間の交渉の難易度は、アメリカとのそれに比べてはるかに高い。

ただでさえ交渉で優位にたっていないトランプ政権が、仮にアメリカの負担軽減だけを考え、アフガン人同士の対立へのかかわり合いを避けるなら、合意がより容易な、アフガニスタン政府ぬきのタリバンとの一対一の交渉は合理的とさえいえる。ただし、それは結果的に、これまでの経緯をご破算にしてアフガニスタン政府を切り捨てることになる。

「名誉ある撤退」は可能か

泥沼のベトナム戦争から抜け出すにあたり、1973年にニクソン政権は、敵対する北ベトナム政府やベトコンだけでなく、それまで支援していた南ベトナム政府を交えたパリ和平会談で停戦に合意した。実際にはアメリカが疲弊しきっていたなか、格好だけでも「名誉ある撤退」を欲したニクソン政権にとって、各勢力との間で停戦合意を結んだことは、可能な範囲で最大限の成果だったといえる。

ただし、それでも南ベトナム政府を切り捨てたことには変わらない。アフガニスタンの場合、交渉のプロセスからアフガニスタン政府を除き、アメリカの都合のみでタリバンと交渉を進めるなら、ベトナムと比べても「名誉ある撤退」にはほど遠い。のみならず、それはアフガニスタン政府とタリバンの間に横たわる困難な課題を放置することにもなり、この地の戦乱の加熱剤となり得る。

アフガニスタンの将来はアフガニスタン人自身が作るべきであり、アフガニスタン和平には各勢力との交渉に基づく政治的解決が欠かせないとしても、タリバンとの単独和平交渉に基づくアメリカ軍の性急な撤退は、アメリカの名誉のみでなく、アフガニスタン和平をも遠ざけるものになりかねないのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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