コラム

米中貿易戦争が示すアメリカの黄昏

2018年07月09日(月)15時00分

北京で習近平国家主席との共同記者会見に臨んだトランプ大統領(2017年11月9日)Damir Sagolj-REUTERS


●トランプ政権は中国への関税を一方的に引き上げることで、アメリカ自身が生み出してきた自由貿易体制を侵食し始めた

●一方、反保護貿易を掲げ、「自由貿易の旗手」とも目される中国は、アメリカが負担し続けてきた、自由貿易体制を維持するコストを肩代わりする意志も力もない


●米中貿易戦争は、「全体の利益すなわち自らの利益」という構造を生み出す超大国の不在を象徴する

7月6日、アメリカ政府は340億ドル相当の中国製品に対する関税を25パーセント引き上げ、中国政府は即日これの対抗措置として、やはり340億ドル相当のアメリカ製品の関税を引き上げた。トランプ大統領は関税引き上げの対象が最終的に5000億ドルにのぼる可能性を示唆しており、追加関税の応酬は今後も続くことが懸念される。

ヒト、モノ、カネが自由に行き来するグローバル化は、アメリカが作り出した秩序だ。今回の貿易戦争は、アメリカ自身が作り出したこの秩序を、一部とはいえ破壊しようとするトランプ政権と、この秩序を有効活用しようとする中国の間の争いといえる。その争いは双方に大きな損失をもたらすだけでなく、貿易戦争の勃発そのものが超大国の不在を象徴する。

トランプ政権の「原則無視」

トランプ政権は世界貿易機関(WTO)の規定で定められる上限を越えて関税を引き上げることを可能にする法案を作成していると報じられている。これが事実なら、世界全体で共有されるルールや原則を、アメリカの国内法だけで否定する試みといえる。

しかし、トランプ政権が否定しようとしている、WTOによって支えられる自由貿易体制は、もともとアメリカ自身が作り出したものだ。

第二次世界大戦末期の1944年、名実ともに超大国の座をイギリスから引き継いでいたアメリカは、連合国の代表をアメリカのブレトン・ウッズに招聘。このブレトン・ウッズ会議で戦後の秩序に関する議論を主導した。

この会議での議論にもとづき、1947年にはWTOの前身となる「関税と貿易に関する一般協定」(GATT)が成立。段階的に関税をお互いに引き下げることに各国が合意した。

ここで強調されたのが、「無差別」と「互恵」の原則だ。

このうち、「無差別」は「相手国によって対応を変えないこと」を意味する。これは政治的関係の経済取り引きの直結を抑えるための原則といえる。

一方、「互恵」は「相手がしてくれたことをそのまま返すこと」を意味する。これによって、関税などの条件をお互いに対等にすることが求められるようになった。

これらの原則は、1995年にGATTを改組して発足したWTOでも引き継がれている。そのため、相手を「ピンポイントで狙い撃ちにして」「関税を一方的に引き上げる」トランプ政権の方針は、アメリカ自身が主導して生まれた原則やルールに反するものといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾のWHO総会出席、外相は困難と指摘 米国は招待

ビジネス

アングル:ドル売り浴びせ、早朝の奇襲に介入観測再び

ワールド

韓国4月製造業PMI、2カ月連続で50割れ 楽観度

ワールド

カナダの原油パイプライン拡張完了、本格輸送開始
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story