コラム

テレビは自由であるべきか──アメリカの経験にみる放送法見直しの危険性

2018年04月02日(月)14時22分

国会で施政方針演説を行う安倍晋三首相(2018年1月22日) Kim Kyung-Hoon-REUTERS

▼政府は放送事業における「政治的公平」の撤廃を検討
▼これは「視聴者の選択の自由」に任せるもの
▼しかし、米国では「自由な報道」が地上波での誹謗中傷を増やした
▼政府提案には外資参入の解禁も含まれ、米国式の「自由な報道」が輸入される懸念もある
▼米国の経験では「自由な報道」が「多様な報道」を生まないこともある

内閣府の規制改革推進本部は3月15日、TVやラジオの「政治的公平」を定めた放送法第4条の撤廃を提案。その後、審議が続いています。

2016年2月に高市早苗総務大臣(当時)が「政治的公平を欠く放送を繰り返した」とみなされる放送局への電波停止の可能性に言及したように、これまで政府は特にTVが特定の立場から報道することに否定的でした。

いきなり正反対の方針を打ち出した安倍首相は2月の国会審議で、AbemaTVに出演した体験を踏まえて「視聴者には地上波と全く同じ」と発言。TVとネットの融合を念頭に法制度を改革するなら、ネットにTV並みの規制をかけられない以上、TVの方の規制を緩和するべき、という路線に転じました。

その動機はともかく、「公平」という原則がなくなれば、意見が対立する問題で各局はこれまで以上に独自の立場で報道できます。それは「表現の自由」に沿ったものともいえます。

しかし、ネット上のヘイトスピーチやフェイクニュースの規制はグローバルな課題です。その水準に規制が引き下げられれば、TV報道が誹謗中傷とプロパガンダに満ちたものになる恐れすらあり、米国の事例からはその危険性を見出せます。

「公平」撤廃の論理

今回の提案は放送事業と番組制作の分離による競争促進や外資の参入許可などを含みますが、これまで放送事業の規制緩和を支持してきた専門家からも困惑や疑問が続出。所管省庁である総務省も同様です。

ビジネスの観点はさておき、ここでは放送法第4条の「政治的公平」の見直しに焦点を絞ります。

放送法第4条では、公序良俗に反しない、政治的公平、事実を曲げない、意見が対立している問題には多角的に伝える、などの原則が定められています。これを撤廃する論理としては、以下があり得ます。

・そもそも意見が対立する問題を、全ての立場から等しく距離を置いて報道することは極めて難しい、
・各局が実際に独自の論調で報道している(特に現政権に対して)、
・ならばいっそ事業者ごとに自由にさせ、あとは視聴者の選択に任せればよい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、イランと来週協議 合意に署名の可能性も=トラン

ワールド

関税戦争と防衛費増額要求「異常事態」、仏大統領NA

ワールド

NATO首脳会議、防衛費GDP比5%目標を承認 3

ワールド

イラン濃縮ウランの大半、攻撃免れた可能性=IAEA
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係・仕事で後悔しないために
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    人口世界一のインドに迫る少子高齢化の波、学校閉鎖…
  • 5
    「子どもが花嫁にされそうに...」ディズニーランド・…
  • 6
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 7
    都議選千代田区選挙区を制した「ユーチューバー」佐…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 10
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 8
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story