コラム

トランプ政権のご都合主義―米国政界を揺るがす「機密メモ」で省かれたこと

2018年02月12日(月)10時30分

しかし、それ以前、ヒュージョンGPSは保守系ニュースサイト、ワシントン・フリー・ビーコンとの契約でトランプ陣営の調査を行っていたのです。この契約はトランプ氏が共和党大統領候補の座を得たことで打ち切られました。この経緯に言及せず、ヒュージョンGPSとスティール氏のみに照準を当てることは、読む者に「民主党の党派的な不正」のみを印象づけることになります。

第四に、ヌネス・メモでは「大統領選挙期間中のFBIの活動」に焦点があてられていますが、厳密にはFBIの監視・盗聴はページ氏がトランプ陣営を離れた後に行われたものです。

FBIは2016年8月末までにページ氏に特別な関心をもつに至っていたとみられます。ページ氏は9月26日にトランプ氏の外交顧問を辞任。ところが、先述のように、FBIがページ氏に対するFISAの令状を発行したのは、10月21日のことです。これもヌネス・メモでは触れられておらず、読む者に「トランプ陣営に対するFBIの監視・盗聴」という印象を与えかねないものです。

ご都合主義が脅かすもの

こうしてみたとき、ヌネス・メモは文脈を無視して事実の断片を公表することで、トランプ氏に都合のよいストーリーを読む者に印象づけるものといわざるを得ません。「オバマ政権や政府機関の権力濫用」を強調することは、トランプ氏や共和党にとって「ロシア疑惑」に煙幕を張る効果があります。

これに加えて、ヌネス・メモはトランプ大統領に、この文書で名指しされている人物のうち、オバマ政権に引き続きトランプ政権でポストを得ている者を解任する大義を提供するものといえます。とりわけ、ローゼンスタイン司法副長官は、「ロシア疑惑」を操作しているロバート・ムラー特別検察官の直属の上司にあたります。つまり、ヌネス・メモを理由にローゼンスタイン副長官が解任されれば、トランプ氏はその後任を任命することになり、新たな副長官によってムラー氏の捜査は大きく影響されかねません。

これに鑑みれば、司法省やFBIがヌネス・メモの内容を事前に確認できなかったことも、公表後にその内容が不正確と批判したことも、不思議ではありません。この背景のもと、やはりヌネス・メモを批判する民主党は、元の報告書の内容をより詳しく10ページにわたって記した新たなメモを作成して2月5日にトランプ大統領に提出。冒頭で触れた文書はこの民主党のメモで、トランプ氏は5日以内にその内容を公表するかを決定することになっていたのです。

ところが、ホワイトハウスは最終的に2月10日、「安全保障上の懸念」から民主党のメモの公開を拒絶。それ以上の詳しい説明を避けました。

政治的な決定がどのようにして行われたかを「知る権利」は、自由や民主主義にとって欠かせないものになっています。しかし、それが権力をもつ者によって都合よく使われる場合、情報が何も示されないのと同じくらい問題といえます。どちらも有権者の正確な判断を阻む点では同じだからです。ヌネス・メモの内容とその前後の対応は、「ロシア疑惑」の解明を遠のかせかねないだけでなく、米国の自由と民主主義を侵食するトランプ政権の「ご都合主義」を際立たせたといえるでしょう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

モルガンSに書簡、紫金黄金国際の香港IPO巡り米下

ワールド

カナダ、インドとの貿易交渉再開へ 関係強化進める=

ビジネス

中国新築住宅価格、10月は1年ぶりの大幅下落

ビジネス

タタ・モーターズ商用車部門、下半期に1桁台後半の需
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story