コラム

クルド女性戦闘員「遺体侮辱」映像の衝撃──「殉教者」がクルド人とシリアにもたらすもの

2018年02月05日(月)19時52分

YPGの女性戦闘員たち(2015年1月30日) Rodi Said-REUTERS

内戦の続くシリアでの戦闘をめぐり、2月3日にシリア人権監視団が発表した映像は、各国に大きな衝撃として伝えられました。この映像では、トルコとの国境に近いシリアのアフリンで戦死したクルド人女性戦闘員の遺体の手足を十数人の民兵が切断する様子が、生々しく映し出されています。この映像は加害者が撮影したものとみられます。

戦場であっても、戦闘員であっても、守られるべき尊厳があるはずですが、今回の映像からはそのようなものは微塵も感じられません。映像のなかでは、民兵の一人が女性戦闘員の左胸を踏みつける様子も映し出されています。

これに対して、シリアのクルド人勢力からは、民兵を支援するトルコ政府への批判が噴出。ヨーロッパ諸国やアラブ諸国でも広く報じられています。一方、トルコ政府はこの件には沈黙を保っていますが、やはり2月3日に外務大臣が「アフリンのクルド人勢力が安全保障上の脅威」と強調しています。

シリアのクルド人武装組織

シリアとイラクにまたがる領域では、2014年に「イスラーム国」(IS)が建国を宣言。この混乱のなか、かねてからシリアやイラクで分離独立を要求してきた「国をもたない世界最大の少数民族」であるクルド人たちは、欧米諸国の支援のもと、ISだけでなく、ロシアが支援するアサド政権やイランと戦闘を重ねてきました。

有志連合やロシア軍の攻撃もあり、ISが勢力を衰退させていた1月21日、隣国トルコが突如国境を越えてシリアのアフリンに侵攻。クルド人勢力「人民防衛部隊」(YPG)を中核とするシリア民主軍(SDF)を攻撃する「オリーブの枝」作戦を開始しました。

クルド人はトルコでも分離独立を要求しており、トルコ政府はこれを「テロリスト」として取り締まってきました。トルコ政府はこれと結びついたYPGも「テロリスト」と位置づけています。トルコは以前からISだけでなくクルド人勢力も攻撃していましたが、IS対策に目途が立った今、次の脅威としてクルド人勢力の排除に乗り出したのです。

先述のように、YPGはアサド政権と敵対する欧米諸国から支援を受けてきましたが、他方で北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるトルコも同盟国。いわば米国の同盟者同士が争うという複雑な構図も手伝って、ISが勢力を衰えさせた後も、シリアでの戦闘が止むことはありません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現「着実に近づいている」、賃金上昇と価

ワールド

拙速な財政再建はかえって財政の持続可能性損なう=高

ビジネス

トヨタの11月世界販売2.2%減、11カ月ぶり前年

ビジネス

予算案規模、名目GDP比ほぼ変化なし 公債依存度低
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story