コラム

地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を過熱させる 火種としての水

2018年01月11日(木)18時30分

これに続いて2017年7月に両者は、2013年の内容を拡張させて以下の各点に合意しました

・アカバの淡水プラントからパレスチナのヨルダン川西岸(2200万立法メートル)、ガザ(1000万立法メートル)に年間3200万立法メートルの淡水を輸送すること。

・5年以内に世界銀行の支援のもとでパイプラインを建設すること。

・パレスチナ自治政府はイスラエルから淡水を購入すること。

水外交の「現実性」

この合意の成立後、イスラエルのハネグビ協力相は「双方の緊張を緩め、融和に繋がる」と評し、仲介役となった米国のグリーンブラット特使も「この新たな取り決めが相互の利益のための協力を促すことを期待する」と述べました。犬猿の仲であっても、どちらか一方が全ての水利を握れない、言い換えるならどちらかが全面的に勝てない状況にあっては、「合意できるところから合意していく」ことは現実的ともいえます。

ただし、この合意が結ばれても、イスラエルがヨルダン川西岸の占領を継続している以上、パレスチナ自治政府による水資源の利用は制限されています。したがって、この取り決めでイスラエルへの依存度が高まれば、「パレスチナ国家の独立」に関する最終交渉におけるイスラエルの優位を固定するものになりかねないという懸念がパレスチナ側にあることは、不思議ではありません

2017年7月の交渉結果を受けて、パレスチナ自治政府の水問題担当のゴネイム氏は「イスラエルの占領が続く限り危機は終わらない」、「今回、認められた我々の水に関する権利は、もともと我々の権利だ。なぜなら死海にはパレスチナの領海線もあるからだ。したがって、この取り決めが我々の独立に関する最終合意に影響を及ぼすことはない」と強調しています

水トラブルの導火線

この背景のもと、冒頭に述べたように、イスラエル-パレスチナの一帯では近年、降雨量が減少しているのです。

2013年や2017年の取り決めは、主に紅海沿岸のアカバにおける淡水プラントで生産された淡水の流通を主なテーマとしており、水の安定的確保を重視しています。ただし、ヨルダン川沿岸での水量が今後さらに不足した場合、海水を淡水にするプラントの需要はさらに高まることが想定されます。ところが、干ばつが発生した場合、イスラエルからパレスチナにどの程度が販売されるのかの対応は、確認される範囲で、2017年の取り決めで定められていません

2016年6月、水が最も不足する時期に、イスラエルからパレスチナへの水供給量が突如として通常の30~40パーセントに激減。ヨルダン川西岸では水価格が高騰しました。これに関してイスラエル当局は「技術的な問題」と説明しましたが、パレスチナ側では「水を兵器にしている」という批判が高まりました

今後ヨルダン川沿岸での水量が減少すれば、イスラエル政府は国内政治の観点からユダヤ人入植者のニーズを優先的に満たさなければならず、2017年の取り決めで定められたパレスチナへの水供給が実現しない可能性すらあります。それはひいては生活状況のさらなる悪化とともに、イスラエルへの不満を増幅させかねないといえるのです。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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