コラム

地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を過熱させる 火種としての水

2018年01月11日(木)18時30分

第三次中東戦争の結果、ゴラン高原をイスラエルに占領されたシリアは、エジプトと計り1973年にイスラエルを奇襲。ヨルダンもこれに呼応しました。シリア政府はそれ以前からパレスチナ解放運動に巻き込まれることを警戒しており、第四次中東戦争でもパレスチナ解放という大義よりむしろ自国の安全と水を重視して戦闘に臨んだといえます

イスラエルとパレスチナの水利

このように水の問題は、まさに地下水脈のように表面からは分かりにくいものの、パレスチナ問題の底流としてあり続けてきたといえます。なかでもヨルダン川の水利は、両者にとって死活的な重要性をもつものです。

ヨルダン川はシリアとレバノン、イスラエルの国境付近にあるアンチレバノン山脈やゴラン高原からガリラヤ湖(ティベリアス湖)を経由し、ヨルダンとの国境に沿って死海に注ぎます。その距離は約425キロメートルに及び、古くはイエスがその水で洗礼を受けたと伝えられます。

このヨルダン川はイスラエルにとってまさに生命線。とりわけ、ヨルダン川西岸に入植しているユダヤ人にとって沿岸のヨルダン川の水は、生活用水としてはもちろん、農業開発に不可欠の資源でもあります。

ただし、水の不十分さによる「水ストレス」は、パレスチナの方が深刻です。1967年以来、ヨルダン川西岸はイスラエルによって占領されているため、パレスチナ自治政府は自由に水資源の開発をできません。その結果、2010年段階で約760万人のイスラエルが利用した水が約12億立方メートルだったのに対して、約378万人のパレスチナが利用した水は約3億3360万立法メートルに過ぎませんでした。このうち、ヨルダン川西岸に暮らすパレスチナ人の水の消費量は一人当たり平均一日70リットルで、これは世界保健機関(WHO)が定める基準値、一日100リットルを下回ります

犬猿の仲の水外交

両者にとって水の利用が重要テーマであるだけに、イスラエルとパレスチナ自治政府は他の問題での交渉が行き詰まりながらも、この問題に関する協議を続けてきました。2013年12月にヨルダンを交えた三者は以下の内容に関して合意しました

・紅海に面した(イスラエルと国交のある数少ないアラブの国の一つ)ヨルダンのアカバに淡水化プラントを建設し、年間3000万立法メートルの淡水をヨルダンに、年間5000万立法メートルの淡水をイスラエルに、それぞれ供給する。

・淡水の輸送のため、3億ドルを投じてパイプラインを建設する。

・海水を淡水化する過程で発生する、濃縮された塩水は、やはりパイプラインを通じて、水位が低下している(沿岸の一部が国連決議で定められたパレスチナ領にあたる)死海に輸送して廃棄する。
パレスチナ自治政府もイスラエルから年間3000万立方メートル購入できる。

この合意に関して、濃縮された海水を死海に放棄することが環境にもたらす悪影響への懸念も指摘されましたが、既に水不足が深刻化していたイスラエルのシャロン水・地域協力相(当時)は「歴史的」と自賛。ただし、パレスチナへの水輸出はヨルダン川西岸に限定され、イスラエルへの攻撃を辞さないイスラーム組織ハマスが支配するガザ地区は除外されました。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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