コラム

昨年同様の大幅円安は再来するか?

2023年05月30日(火)20時10分

植田日銀総裁は、デフレ期に低下した「予想インフレ」を高める必要性に言及した REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<このところの円安進行は正直予想外の値動きだが、この動きは2つの局面に分けて説明できる。今後はどうなるのか......>

為替市場でドル円相場は、5月末に1ドル140円台まで円安ドル高が進んだ。4月初旬には130円付近だったが、約2か月間円安基調が続いている。円安進行は、筆者にとって正直予想外の値動きだが、この動きは2つの局面に分けて説明できる。

まず4月末までの円安ドル高は、主に日本側の要因で円安が進んだ。4月に就任した植田日銀総裁が、金融政策の修正に対して慎重な考えを示したことが円安をもたらした。植田総裁は、これまでのところ黒田前総裁らと変わらない姿勢を示し、更に言えば物価の先行き予想に関しては、黒田前総裁よりも慎重に見える発言もみられる。

既に、23年の春闘賃上げ率が相当上がっており、インフレと賃上げの好循環がようやく始まりつつある。当然この動きを認識しているのだが、「今後も好循環が持続するか」の判断を植田総裁らはより重視しているのかもしれない。米中経済が停滞して日本経済の回復が止まれば、インフレと賃上げの好循環が途絶える。2000年以降の日本銀行が何度か引締め政策に転じた後にデフレ脱却に失敗したが、この経緯を知る植田総裁は日本経済に影響する海外経済の先行きを慎重に判断しているとみられる。

「和製バーナンキ」植田総裁の政策姿勢

植田総裁の緩和修正に関する慎重な考えは、19日の講演において「金融緩和を続ける理由」などで改めて示された。筆者が注目した点は、植田総裁が、インフレ率と需給ギャップの関係性(フィリップス曲線)を使いながら、デフレ期に低下した「予想インフレ」を高める必要性に言及したことである。この考え方は、黒田前総裁らと共通している。

この考えを踏まえると、安定的な2%インフレ実現の条件として、「インフレが将来上昇する」と人々の予想が変わることが重要になる。長年デフレであったから、日本人の思考・行動様式が変わるには「ある程度の期間」のインフレが必要かもしれず、金融緩和を緩める際には慎重に判断する必要があるとの考えに至る。

著名経済学者であるサマーズ教授が、植田総裁を「和製バーナンキ」(元FRB(連邦準備理事会)議長、金融緩和でリーマンショック後の米経済停滞に対応)」になぞらえた。金融緩和を徹底したバーナンキ氏の功績・名声を意識しながら、黒田前体制の政策姿勢を植田総裁は継承しているのかもしれない。

市場の見通しは2週間余りで真逆に

4月は日本銀行への思惑で円安が進んだが、その後5月からの円安ドル高の主たる要因は、米国における金利上昇である。5月15日頃まではFRBが秋口までに利下げに転じると、市場では予想されていた。ただ、銀行問題が落ち着くなどで、そうした見方は修正された。5月24日にFOMC(公開市場委員会)メンバーで存在感が強いウォラーFRB理事が、インフレが依然高い状況を踏まえて、仮に6月の利上げを見送りでも、7月に利上げを検討する考えを述べた。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米韓が合同訓練、B52爆撃機参加 3カ国制服組ト

ビジネス

上海の規制当局、ステーブルコイン巡る戦略的対応検討

ワールド

スペイン、今夏の観光売上高は鈍化見通し 客数は最高

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story