コラム

「持続可能な社会実現」の試練に直面する欧州、日本は距離を縮められるか

2022年10月19日(水)14時10分

ニューヨーク証券取引所(NYSE)でスピーチを行った岸田首相 9月22日 REUTERS/Brendan McDermid

<2023年にかけて相対的に日本経済は安定成長が続く余地がある。欧州に比べて遅れているとされる脱炭素などSDGs実現にむけた取り組みについて、日本は多少なりと距離を縮める機会になりうるだろう......>

SDGs(持続可能な開発目標)が2015年9月の国連サミットで採択された頃から、サステナビリティ(持続可能性)を保つことの重要性が世界各国で浸透した。各国政府がこれをより重視し、日本においても、幅広い企業や投資家にとって重要な課題になっているのは言うまでもないだろう。

SDGsの目標には多岐にわたる領域があるが、13番目の目標が「気候変動への具体的対策」であり、その重要な対策が「温室効果ガス削減」への取り組みであろう。2021年4月の気候変動サミットにおいて、当時の菅首相が2030年度において、2013年対比で46%の温室効果ガス削減を目指すことを宣言し、岸田政権もこの政策姿勢を引き継いでいる。

エネルギー制約が経済活動を抑制する欧州

一方、2022年のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、エネルギー価格が大きく上昇。エネルギー資源をロシアに依然する欧州諸国では、エネルギーの調達が困難になっている。SDGs取り組みの先進国とされるドイツなどでは、環境負荷が高い化石燃料を減らしながら、ロシアへの天然ガス依存を強めたことが、危機時のエネルギー不足を深刻にしたとされている。そして、エネルギー供給を保つためにドイツでは停止が予定されていた原発が時限的ではあるが稼働延長となり、またベルギーでも運転停止予定だった原発について運転期間を10年延長する対応を行う、などの動きがみられている。

これらの対応を行っても、ドイツなどでは今年の冬場には天然ガスの在庫が枯渇するリスクがぬぐえず、経済下振れリスクが高まっている。エネルギー価格高騰に加えて、エネルギー制約が経済活動を抑制することが重なり、2023年にかけて欧州ではマイナス成長に転じるリスクがかなり強まっている。

経済的に厳しい状況にあっても、欧州においては、温暖化対策への取り組みが逆行する動きは現状目立たない。欧州各国では、経済停滞リスクが高まり、既に広範囲な節電要請が要請されるなど生活が不便になりつつあるが、温室効果ガス削減に反するエネルギー政策は、今のところかなり限定的にみえる。

持続可能社会の推進にとって大きな試練を迎える

ただ、民主主義の国では、国民生活に大きな負担を強いる状況は、長く続かないのではないか。今後、気候変動対応等で最先端とされる欧州諸国の取り組みが、ややスローダウンする可能性は否定できないと思われる。

というのも、持続可能な社会のために気候変動への取り組み重要ではあるが、その長期目標を実現するためには、市場経済による経済成長に基づく人々の安定的な生活が必要になるからである。個人レベルでいえば、生活に一定の余裕がなければ、長い目標である気候変動への配慮を続けることは難しいということだ。

そして、脱炭素を実現するためには、技術革新を担う民間企業による創意工夫が必要だが、企業のビジネス環境にとっても安定的な経済成長は必須だろう。この意味で経済成長の停滞は、SDGsの推進力を弱める可能性がある。2023年にかけてドイツなど欧州諸国は、持続可能な社会を推進するにあたり大きな試練を迎えるのではないか。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story