コラム

「持続可能な社会実現」の試練に直面する欧州、日本は距離を縮められるか

2022年10月19日(水)14時10分

相対的に日本経済は安定成長が続く余地がある

エネルギー不足に直面する欧州ほどではないが米国も高インフレに見舞われたため、2023年の経済環境は厳しい。一方、IMFの最新の見通しでは2023年の日本経済の見通しは+1.6%で、停滞が見込まれる米欧よりも高い成長率が予想されている。このIMFの見通しはやや楽観的かもしれないが、米欧経済が停滞する中で、日本の経済成長だけが巡航速度程度を保つことができる要因がある。

一つは米欧のように高インフレの問題に直面していない日本では、金融財政政策が経済成長を支えるためである。1ドル150円近くまで大きく円安が続いており、「日本売り」「日本停滞の象徴」などとメディアでは言われているが、日本は高インフレに直面していないので、円安が日本の経済成長を刺激する。

もう一つは、コロナからの経済正常化で、10月に外国人の渡航制限が大きく緩和された効果が期待できる。これまで外国人のインバウンド需要は激減していたが、インバウンド消費はコロナ前の2019年は約4.8兆円の規模であり、これはGDPの約1%に相当する。中国からの訪日客が依然として制限されているので、どの程度訪日客が増えるかは、現状ではかなり流動的である。ただ円安の効果もあり、仮に2023年にインバウンド消費が2~3兆円規模に回復すれば、GDP成長率を約0.5%程度押し上げる。

2023年にかけて相対的に日本経済は安定成長が続く余地がある。このため、欧州に比べて遅れているとされる脱炭素などSDGs実現にむけた取り組みについて、日本は多少なりと距離を縮める機会になりうるだろう。

岸田政権において、脱炭素にむけた取り組みが進むことが期待されるが現状はどうか。岸田政権は5月に気候変動問題に関して、「民間投資の呼び水にする」にするための、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)経済移行債」を20兆円規模で発行することを検討すると表明した。ただ、日本のエネルギー政策において、「原発再稼働」が目先の重要課題になったことが影響してか、この計画に目立った進展はみられない。

また、ガソリンなどエネルギー価格高騰に対しては、補助金支給による価格抑制政策が徹底されている。これは家計の負担を減らす効果はあるが、価格上昇を通じてエネルギー消費を抑制する機能を喪失させる側面がある。これらの対応をみると、日本において、2022年に脱炭素推進政策が進んでいるとは言い難いだろう。

緊縮的な財政政策が行われる懸念

更に懸念されることがある。脱炭素政策とは別の文脈で、日本では早期の増税が提唱されるなどの報道が散見される。これは、岸田政権が「経済の再生が最優先課題」とした10月3日の所信表明演説と相反する動きではないか。経済安定化が不十分のまま、緊縮的な財政政策が行われれば、先に紹介した、IMFなどが予想する2023年の経済成長は期待できないだろう。

高インフレに至っていない日本にとって、持続可能な社会の大前提である経済成長の実現はより重要だが、これが中途半端にとどまるということである。そして、経済安定が損なわれれば、企業による脱炭素技術開発が遅れる恐れが高まり、また国民にとっても目先の生活が重要になるので、脱炭素などSDGsへの取り組みも進みづらくなる。そうなると、SDGs推進において、試練に直面する欧州との差を縮める機会を日本が活かすことは、より難しくなるだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story