コラム

強権にして繊細な男、若松孝二の青春を『止められるか、俺たちを』に見よ

2020年09月09日(水)18時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<徹底して反体制で反権力、苦労人だから金銭感覚はシビア。映画監督には喧嘩っ早い男が多いが、若松の強さは「別格」だという。それでも多くの人たちに慕われたのには理由がある>

それほど前ではないはずなのに、初めて若松孝二に会ったときの記憶がはっきりしない。時期も場所も分からない。もちろん名前は以前から知っている。地方から上京してきた映画かぶれの大学生にとって、監督の若松は圧倒的なカリスマだった。

誰かから紹介されたのかもしれない。カリスマは、トレードマークでもあるサングラス越しに僕をじっと見つめていた。いやこれもはっきりしない。若松に憧れる映画人などいくらでもいる。おどおどと挨拶する僕に、(いつものように)素っ気なく対応したのかもしれない。

ところがなぜか気に入られた。これも理由がよく分からない。でもそう言っていいと思う。若松が登壇する映画上映後のトークの相手に呼ばれたときは、監督のご指名です、とスタッフに言われた。飲み会にも何度か呼ばれたことがある。そんなときの若松はいつも座の中心で上機嫌だった。

カリスマは逸話が多い。監督になる前にヤクザの下働きをしていた話は有名で、「警官を殺すために映画監督になった」と事あるごとに口にしていた(実際、デビュー作『甘い罠』には警官を殺害するシーンがある)。助監督時代にはプロデューサーを殴ってクビになった。1965年に結成された若松プロダクションには、後に赤軍派に身を投じる足立正生や和光晴生などが参加した。

映画業界には喧嘩(けんか)っ早い男が多い。僕も長谷川和彦監督に殴られた経験がある。その長谷川と乱闘した崔洋一監督に、誰が一番強いのかと尋ねたら、若松さんの強さは俺たちとは別格だよ、との答えが返ってきた。とにかくためらいがない。ガラスの灰皿が手元にあれば、後先は考えずにそれで思いきり脳天を殴る。

とここまで読めば、あまりに過激で乱暴過ぎると思うはずだ。確かに過激だ。徹底して反体制で反権力、おまけに苦労人だから金銭感覚はシビア。でもあなたに知ってほしい。共通の知り合いだった監督の葬儀で、若松がこっそり涙を拭う瞬間を目撃したことがある。シンポジウムで登壇した僕ともう1人の監督が言い合いになったとき、間にいた若松は普段の強面(こわもて)からは想像できないほど困惑してうろたえていた。乱暴なのに繊細。強権なのに気を配る。その落差が尋常でない。そもそも過激なだけの男なら、これほど多くの人たちから慕われた理由が分からない。

【関連記事】「顔の俳優」高倉健は遺作『あなたへ』でも無言で魅せた
【関連記事】若かりしショーケンと田中邦衛の青春映画『アフリカの光』をDVDでは観ない理由

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ

ワールド

トルコでIS戦闘員と銃撃戦、警察官3人死亡 攻撃警

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 10
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story