コラム

決断が日本より早い中国、でも「プチ大躍進」が悲劇を生んでいる

2017年12月23日(土)19時38分

北京市では他にも、どうしようもないプチ大躍進が繰り広げられている。「スラム再開発」と「看板取り壊し」だ。前者は都市再開発の名を借りて、低所得者が住む地域の取り壊しを強行したこと。中国のネットには政府関係者がハンマーで低所得者が住む街をぶっ壊す恐ろしい動画が公開され、人々の怒りに火を着けた。

後者は北京市では一般的だったビル上部の看板を取り壊させるというもの。美化といえば真っ当な話のように思えるが、人々が目印としていたランドマークが一夜にしてなくなるのだから大混乱だ。

天然ガスへの転換も、スラム再開発も、そして看板取り壊しも、世論の猛烈な批判を浴びてストップした。明らかに間違っているとはいえ、一度始めた政策を途中でやめたのだから融通がきくようになったと褒めるべきか、それとも21世紀の今になってなおプチ大躍進を繰り返してしまう悪弊を批判するべきか。

日中のちょうど中間あたりに理想があるはず

民主主義の日本はとかく決定が遅い。その間に中国は先へ先へと進んで行ってしまう。日本の遅さにはうんざりするが、その一方で軽やかに前進する中国はどうしようもない失敗を犯してしまうという問題があるのも事実だ。

日中のちょうど中間あたりに理想があるはずと思うのだが、その塩梅を見極めるのが難しい。今こそ私、李小牧のように日中両国を熟知している人間が必要とされるだろう。

さて、政府による頭ごなしの改革には他にも弊害がある。私は北京で1泊した後、故郷である湖南省に飛んでそのことを痛感した。

湖南省は長江以南、すなわち冬でも「暖気」がない地域だ。冬のPM2.5とは無縁の世界だったはずなのだが、なんとどんよりと曇っているではないか!

lee171223-3.jpg

まさか湖南省長沙市の空が北京より曇っているとは思わなかった......。湘江のほとりにて

中国北部、北京の空気をきれいにするという大号令が掛けられれば、ボイラーの改造だけでなく、汚染企業には操業停止や移転が命じられる。彼らは空気がきれいな中国南部へと移転したのだろう。

実は昨冬も中国南部で深刻な大気汚染が観測され、話題となっていた。香港や広東省などの最南部でも灰色の空が出現したのだ。中国政府が汚染対策の成果を誇らしげに発表する中で、南部に異例の汚染が観測された。両者の関係を疑う人は多い。きれいに掃除したように見せかけて、実は自宅前のゴミを隣家の前に移動するだけだったのではないか、と。

北京の青空の犠牲となって、わが故郷はどんよりとした灰色の空に覆われることになってしまった。自分の家のゴミを全部、隣の家の庭に投げ込むような汚染対策である。

北京では使わずに済んだマスクだが、私は捨てずに取っておいた。それが無駄にならなかったようだ。こうして私は湖南省で初めてマスクをつけることになったのだった。


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

KKR、今年のPE投資家への還元 半分はアジアから

ビジネス

ニデック、信頼回復へ「再生委員会」設置 取引や納品

ビジネス

スイス中銀の政策金利、適切な水準=チュディン理事

ビジネス

アラムコ、第3四半期は2.3%減益 原油下落が響く
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story