コラム

パラリンピックが日本にもたらしたバリアフリー化の機運

2021年08月27日(金)19時40分

バス、タクシー、船、飛行機、建物、道路など全般的にバリアフリーに遅れていた日本は優先順位を付ける必要があった。

公共交通で高齢者や障害者などの移動に関して、まず着手されたのが鉄道だった。日本の鉄道駅は立体的にできた駅が多く、ホームに行くには階段を上り下りしないといけない。高齢者や車いす利用者にとって段差は大きな課題だ。バリアフリー化は、1日の利用者数が5000人以上の鉄道駅からはじまった。当時はバリアフリーやその費用を負担する意識や仕組みがなく、駅舎のバリアフリー化予算の3分の1を国が、3分の1を地方が負担する仕組みが新たに作られた。

バリアフリーの対象駅は徐々に拡大されている。1日の利用者数が5000人以上の駅から3000人以上、さらには2000人以上へと引き下げられていき、鉄道駅のみならず、バス、タクシー、船、飛行機、道路にも広がっていった。

国土交通省によると、2019年度末時点で1日の利用者数が3000人以上の鉄道駅でエレベーターの設置などによって段差が解消されたのが92%、ノンステップの乗合バスの普及が61%、3000人以上が利用する旅客船ターミナルは100%、福祉タクシー車両の普及は37,064台だ。

これらを推進した要因となったのが、2000年の交通バリアフリー法(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)、06年のバリアフリー法、そして改正バリアフリー法などの法律だ。

交通バリアフリー法制定から20年が経ちバリアフリーは劇的に進んだ。盛山正仁氏の著書『ユニバーサル社会を目指して』(ユニバーサル社)によると、20年間のバリアフリーの取り組みについて、日本身体障害者団体連合会会長、日本視覚障害者団体連合、全日本ろうあ連合会長、全国老人クラブ連合会会長など障害者・高齢者の団体の会長らも高く評価しているという。

世界レベルのガイドラインが日本語に

現在開催中のパラリンピックでも、その成果は見て取れる。

CGTNの報道によれば、中国代表選手が選手村の環境を称賛したという。視覚障害者用の歩道、部屋のトイレ、専用の手すりや取っ手が取り付けられ、選手村には義足や車いすなどを修理・メンテナンスする「修理サービスセンター」などが開設され、バリアフリーが規範化されている。

その理由の一つは、オリンピック・パラリンピック開催に合わせてつくられた「Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン(2017年策定)」をもとに、東京が世界水準に引き上げられてきているからだ。

ガイドラインは国際パラリンピック委員会(IPC)の「アクセシビリティガイド」を踏まえていて、障害の有無にかかわらず、相互に人格を尊重し合う共生社会の実現を目指すものとして作られた。

ガイドラインは競技会場のみならず、会場までの経路、宿泊施設などについて、非常に細かな数値基準を用いて規定している。

例えば公共交通については「輸送手段」で触れられており、車いすが円滑に乗降できる幅や車内スペース、飲食エリア、トイレ、視覚障害者に配慮した設備・機能についての情報が記載されている。観戦スペース、座席数、動線、視線など、日本で遅れている車いす利用者に対応した設計の案内も。そのほかには、障害者が利用しやすいドア幅やスイッチ操作など宿泊施設のバリアフリーについても触れている。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国製造業PMI、4月は約2年半ぶりの低水準 米関

ワールド

サウジ第1四半期GDPは前年比2.7%増、非石油部

ビジネス

カタールエナジー、LNG長期契約で日本企業と交渉

ビジネス

アップル、関税で4─6月に9億ドルコスト増 自社株
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story