コラム

沖縄戦から75年、なぜ人は戦争の記憶を語るのか(久保田智子)

2020年06月23日(火)14時50分

初対面時に筆者が撮影したてい子さん(17年、アメリカ) TOMOKO KUBOTA

<6月23日は沖縄戦「慰霊の日」。今も戦争体験を語り、記録し続ける沖縄出身者に聞く、なぜその記憶を語るのか――>

「書き始めたら記憶が噴き出してきた。無心で40枚、一気に書いた」。

原稿用紙につづられていたのは、何十年も抑え込んできた沖縄戦での凄惨な記憶だった。てい子与那覇トゥーシーさん(79)は、1941年、沖縄県名護市で生まれる。3歳の時、沖縄は米軍から攻撃を受け、てい子さん家族は山に避難した。

「防空壕では母が丸くて黒いものをカバンに入れていて、私は空腹で、芋だ、食べたいって言った。でも、兄からあれは芋じゃない、触るなって怒られた。手榴弾だったのよ。初めて覚えたアルファベットはB。大人たちがよくB29って叫んでいたから。最初は空のことだと思ってた。でも、名護の街が爆撃で燃えていたのを見て、違うと分かった」

沖縄戦の経験はトラウマとなり、てい子さんは長く心の奥底に封印してきた。しかし、心理学の先生に、その記憶と向き合い、書くことを勧められる。

「書き始めたら止まらなかった。特に避難生活のこと。赤ちゃんが泣いていた。日本兵が、米兵に見つかるから泣きやませろと叫んだ。誰かが泣いている赤ちゃんの口にタオルを押し付けて、窒息させた。その様子を見ようとしたら、母が私を頭巾ごと押さえていた。赤ちゃんの泣き声は止まった。私は、米兵より、刀を持っていた日本兵が怖かった」

アメリカ占領下の沖縄で米国軍人と結婚し、1964年に渡米。現在は娘家族とニュージャージー州で暮らしている。日本兵が怖いから米国人と結婚したのかと聞くと「全然関係ない。私みたいなおてんば娘を日本ではもらってくれる人がいなかった」と笑った。

書くことは、てい子さんのライフワークになっている。月1回、沖縄の地元紙に寄稿。私とのインタビューにも、言いたいことを書き詰めた原稿を持参していた。

なぜそんなに書くことに固執するのか尋ねると、てい子さんは真剣なまなざしで語気を強めた。
「書いておかないと、将来なかったことになるよ」

私が記者になったとき、先輩にこんなことを言われた。「記者とは記す者。後世に残すべきものを書くのが使命だ」。

日々さまざまなことが起きているが、誰かが記録をしなければ、その時は周知のことに思えても、時間とともに忘れられてしまうものだ。戦時下の記者は、国の意図に沿った事柄しか記せなかった。沖縄戦で実際に何が起きていたのかを今の私たちが知ることができるのは、てい子さんのように、それぞれの経験を残した個人がいたからだ。

沖縄戦では、全体で20万人以上、沖縄県民の4人に1人が亡くなった。その一人一人に固有の沖縄戦があったはずだが、書き残す機会は与えられなかった。誰一人のこともなかったことにしたくないという想いが、てい子さんが書き続ける使命感につながっている。「沖縄に行ったら平和祈念公園を訪れて」とてい子さんは話す。

慰霊碑「平和の礎(いしじ)」には、敵・味方、軍人・民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなった全ての人々の氏名が刻まれている。2020年6月23日、沖縄戦終結から75年を迎える。

<2020年6月16日号掲載>

プロフィール

久保田智子

ジャーナリスト。広島・長崎や沖縄、アメリカをフィールドに、戦争の記憶について取材。2000年にTBSテレビに入社。アナウンサーとして「どうぶつ奇想天外!」「筑紫哲也のニュース23」「報道特集」などを担当。2013年からは報道局兼務となり、ニューヨーク特派員や政治部記者を経験。2017年にTBSテレビを退社後、アメリカ・コロンビア大学にてオーラスヒストリーを学び、2019年に修士号を取得。東京外国語大学欧米第一課程卒。横浜生まれ、広島育ち。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドのモディ首相、キプロス訪問 貿易回廊構想の実

ワールド

イスラエル・イラン衝突、交渉での解決が長期的に最善

ビジネス

バーゼル銀行監督委、銀行の気候変動リスク開示義務付

ワールド

訂正-韓国大統領、日米首脳らと会談へ G7サミット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story