コラム

なぜ防げない? 「宮﨑勤事件」以降も変わらない誘拐対策

2022年08月17日(水)18時50分

4番目の誘拐現場(東京都江東区)となったのは、高層アパート1階にある保育園の玄関前である(写真2)。そこから宮﨑は、5歳の保育園女児を連れ去った。

まず宮﨑は、自動車を使って、かつて女児を校庭でビデオ撮影したことがある小学校に近づいた。そして、東京地裁の判決文の言葉を借りれば、「逃走する際に必要な道路状況をは握した上」(原文ママ)で、小学校付近に車を止めた。つまり、駐車場所は逃げやすい場所、言い換えれば、「入りやすい場所」だったのだ。

komiya220817_02.jpg

写真2 筆者撮影

車から降りた宮﨑は、高層アパート横にある公園のベンチに座り、一人で遊んでいる幼女を探した。すると、一人でいる幼女がアパートの吹き抜けの通路に入っていくのが見えた(写真3)。

komiya220817_03.jpg

写真3 筆者撮影

そこで幼女の後を追うと、幼女がほかの人と話していたので、物陰から様子をうかがうことにした(写真4)。しばらくして、幼女が一人になったので近づき、「写真を撮らせてね」と声をかけ、その場で撮影した後、「向こうで撮ろうね」と誘い連れ去った。

komiya220817_04.jpg

写真4 筆者撮影

この事件でも、宮﨑は「7メートルくらい先を間隔を取りながら歩いて4号棟の東側道路に下りる階段を歩道へと下りて行った」(原文ママ)と供述している。これでは、目撃されても、子どもが連れ去られているとは思われないはずだ。

宮﨑が幼女に声をかけた保育園の玄関前(写真2)は、アパート西側の公園からも、アパート東側の階段からも近づくことができる「入りやすい場所」だ。しかも、そこは物陰が多い「見えにくい場所」でもある。

しかし事件後、この場所の危険性が改善されたようには見えない。

物陰に入りにくくする、保育園の玄関を「見えやすい場所」に移す、ミラーや監視カメラを設置する、壁や柱を光の反射率が高い白で塗装して見えやすくする、といった改善策はたくさんあったはずだ。しかし、それらが取られてこなかったのは、「場所で守る」という発想自体がなかったからだろう。

重要なことは、防げる犯罪は確実に防ぐ、ということである。不幸にも犯罪が起きてしまった場合には、そこから予防に結びつく何らかのヒントを得ようと努めるべきだ。そして、それができるのが犯罪機会論なのである。

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story