コラム

ウイグル問題で「人権」から逃げるユニクロの未来

2021年04月20日(火)19時30分

米中冷戦はもはや言葉の「あや」ではない

バイデン政権は3月3日に公表した暫定版の国家安全保障戦略指針で、中国を国際秩序に挑戦する「唯一の競争相手」と位置づけた。これは、知的財産や個人情報の窃取に象徴される「経済安全保障」の次元に留まらず、アメリカ中心の国際秩序における「覇権」に中国が挑戦しているという認定がなされたに等しい。米中冷戦はもはや言葉の「あや」ではなくなったのだ。

ウイグルにおける「ジェノサイド」について中国政府は正面から否定している。事実の認定だけでなく、伝統的国際法における「大量虐殺」概念と整合するかについても議論がある。しかし、激化する米中冷戦の中でウイグルにおける「人権」問題は既に、国際政治における「覇権」争いの象徴になっているのが現状だ。「人権というより政治問題」なのではなく、「人権かつ政治問題」なのだ。

人権についてはこれまでにも、2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則」や2015年の英国「現代奴隷法」の制定以来、グローバル企業におけるサプライチェーン(供給網)において奴隷的労働がないか、不当な人権侵害がないかというコンプライアンスと企業の社会的責任(CSR)の観点から、一定の注目は為されてきた。とくにファッション製造業では、中国やパキスタンなどでの劣悪な労働環境の上に低価格のファスト・ファッションが成り立っているという構造的な問題が指摘されてきた。

しかし、今回ユニクロが直面しているウイグル問題は、従来の人権リスクとは次元が異なると理解されるべきだ。「覇権」と「人権」という双焦点を持つ現在の冷戦構造の中で、いかにグローバル企業として事業を存続させていくかという問題が問われている。

「中立」でありたいなら戦略が必要

4月6日には、中谷元・元防衛相や山尾志桜里衆議院議員らによる議連が発足し、人権侵害を理由とする制裁措置発動を可能とする「日本版マグニツキー法」制定の議論が始まった。政治的中立はグローバル企業の常套文句であるが、ミャンマーの軍事クーデターや北京五輪ボイコット問題も含めて、グローバル企業が「人権」問題へのコミットメントと態度表明を否応がなしに迫られる日はこれからも続く。

社会の公器としての企業が政治から逃れること(フリー)は不可能であり、政治的に中立(ニュートラル)であろうとすることも容易ではない。ウイグル産綿花の不使用を宣言して中国国内で不買運動に見舞われているH&Mのような企業もあれば、現状では問題がないとしてウイグル産綿花の使用継続を発表した無印良品(良品計画)のような企業もある。何を他山の石とすればよいのか。

永世中立国を標榜するスイスは国民皆兵制(成人男子徴兵制)を憲法で規定しているが、その存立は防衛力だけではなく、金融資本主義と国際政治の中心の一つであり続けるという国家戦略にもよっている。覇権と人権の狭間でニュートラルでありたいのであれば、立ち位置を担保する戦略が必要だ。そうでないと、人権侵害に対して「見て見ぬ振り」をする卑怯とそしられるだけでなく、中長期的には存立自体が脅かされることになろう。「沈黙は金」は通用しそうにない。

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドネシアとの貿易協定、崩壊の危機と米高官 「約

ビジネス

米エクソン、30年までに250億ドル増益目標 50

ワールド

アフリカとの貿易イニシアチブ、南アは「異なる扱い」

ワールド

グリーンランド、EU支援の黒鉛採掘計画に許可 期間
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story