コラム

ウイグル問題で「人権」から逃げるユニクロの未来

2021年04月20日(火)19時30分
ウイグル問題の発言で炎上したユニクロの柳井社長

ウイグル発言が炎上した柳井社長だが Issei Kato-REUTERS

<ウイグル問題の発言でユニクロの柳井社長が炎上した。確かに激化する米中冷戦の中で、ウイグルの人権問題は国際政治における覇権争いの象徴になっている。しかし、何の戦略もなしにニュートラルであろうとすれば、卑怯者とそしられるだけだ>

ユニクロを展開するファーストリテイリング社の柳井正会長兼社長が4月8日、決算発表の記者会見で、ウイグルの綿花使用と強制労働問題に関する質問に対して、「人権問題というより政治問題なので、ノーコメント」と発言し、SNS上で批判が殺到した。

中国の新疆ウイグル自治区における「ジェノサイド(大量虐殺)」問題は現在、最大の国際関心事の一つになっている。4月16日に行われた菅義偉首相とバイデン大統領の首脳会談では、「香港及び新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有」することが共同声明に明記された。

こうした国際環境の中で、ユニクロが「ウイグルの人権問題に目をつぶり中国市場でのビジネスを優先させるのではないか」という疑念を生じさせたことが批判の背景にある。実際に、2021年8月期第2四半期決算短信によれば、同社の売上のうち25.8%を中国大陸に香港と台湾を加えた広義の中国市場を指す「グレーターチャイナ」が占めている。

柳井会見翌日の9日、フランスの市民団体がウイグルにおける強制労働と人道に対する罪の「隠匿」の疑いで、ZARAを展開するインディテックス社(スペイン)、靴メーカーであるスケッチャーズ(米)、SMCP(仏)と並んでユニクロをフランス当局に告発した

EU域内で広がった「人権」への共感

欧州連合(EU)は3月22日、米英カナダ3ケ国と協調して中国に制裁措置を発動したが、1989年の天安門事件で武器禁輸に踏み切って以来32年ぶりの対中制裁だ。今回のユニクロ告発はそうした政治的動向と無関係ではない。中国側は即座に欧州議会議員らを入国禁止とする対抗措置を発表した

欧州での中国に対する見方は今、一変しつつある。習近平政権が2015年に「中国製造2025」を発表した当初は、「製造強国」を目指す中国を市場および調達・製造委託先として歓迎する向きが一般的だった。米トランプ政権が国防権限法等に基づいてファーウェイ等の中国企業を名指しする輸出入禁止措置に踏み込んでもなお、EUは政治と経済の「分離」策を取り続けようとした。

しかし、中国は通商及び技術の分野だけでなく地政学的な優位への志向を隠そうとしなくなる。西沙諸島や尖閣諸島などへの海洋進出を強めるとともに、2020年6月には香港国家安全維持法を成立させ市民と学生の弾圧を始めると明らかに風向きが変わった。2020年7月のポンペオ国務長官演説が独裁主義に対する敵対姿勢を明確に打ち出したあたりから、EU域内でアメリカに呼応し、中国が抱える香港、ウイグル、チベットなどの政治問題を「人権」弾圧という普遍的な問題として理解する動きが加速化した。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story