コラム

3選挙で野党全勝――が菅政権にとって衝撃でない理由

2021年04月26日(月)12時25分

岸田氏の権威失墜が菅首相の有利に

むしろ、今回の選挙でより重要なのは広島の選挙結果だ。保守分裂のあげく溝手顕正候補が落選し河井案里氏が当選した2019年参議院選挙が事の発端だが、今回の再選挙は、次期総裁選での雪辱を期す岸田文雄氏にとって背水の陣だった。勝てば保守糾合復活の立役者、負けたら敗戦責任が重くのしかかり広島県政界や岸田派(宏池会)内部での影響力が低下する結果になることは自明だった。

しかし、岸田氏は勝負に負けた。3選挙全敗という結果から、今後の解散総選挙における「選挙の顔」にならないとして「菅降ろし」が始まるとする観測もあるが、むしろ、岸田氏の権威失墜をもたらすであろう今回の選挙結果は、菅首相にとって有利に働く可能性がある。

菅政権における基本的な権力構図として、3月29日に菅総裁再選支持を明言した二階俊博幹事長と菅首相のラインに対して、安倍前首相−麻生太郎副首相のラインがあるとした場合、後者が持ち得る次期総裁・首相カードの1つが依然として岸田氏だったからだ。広島敗戦でそのカードは実質的に消えたに等しい。

菅政権の支持率は各社約4-5割で推移しており、実は堅調だ。コロナワクチン接種の遅れや「まん延防止等重点措置」が中途半端であったことに批判の声はあがるものの、4月16日の日米首脳会談で示された対中政策(台湾海峡の明記)や気候変動サミットで表明された温室効果ガス46%削減政策、25日に発出された3度目の緊急事態宣言によって、世論の反応はトントンになる状態が続いている。

参議院広島選挙区を失ったことは確かに自民党政権としては痛手であり、党内挙げてのコンプライアンス態勢の再構築は急務だ。

しかし菅政権として考えた場合、話は違う。河井克行前法相の選挙区である衆議院広島3区は公明党が斉藤鉄夫副代表を擁立することが既に決まっており、参議院長野選挙区はもともと立憲民主党の議席。半年以内に総選挙があることを踏まえて北海道2区を敢えて不戦敗としたのであれば、失ったものは少なく、得たものは総裁選のライバル失墜と、野党共闘の構造的弱点の可視化ということになる。

野党側は今後、小異を捨てて大同につく戦略的提携関係を深化させていかない限り、原発や安保政策をめぐる「同床異夢」の矛盾を与党側に突かれることになろう。コロナ感染対策と五輪の実施、そして何よりも解散総選挙のイニシアチブは政権側にあるだけに、今回の選挙3戦全勝という成果に浮かれている暇はあるまい。

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど

ワールド

リビア軍参謀総長ら搭乗機、墜落前に緊急着陸要請 8

ビジネス

台湾中銀、取引序盤の米ドル売り制限をさらに緩和=ト
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story