コラム

日米首脳会談で起きた3つのサプライズ

2021年04月21日(水)13時30分

この種の会談で「成果」があることはめずらしいが Tom Brenner/REUTERS

<今回の会談はアメリカ国内ではまったく話題になっていないが、外交イベントとしてはめずらしく成果があったとも言える>

菅義偉首相とジョー・バイデン大統領による第1回の日米首脳会談は、アメリカでは全く話題になっていません。元々が内向きであったアメリカは、コロナ禍のもと今世紀で最も内向きになっており、世論には日米関係に関心を払うような姿勢はないからです。

会談後の共同記者会見でも、アメリカ側の記者からの質問は、銃規制問題と対イラン外交についてという、いつものこととは言え、菅首相のことは全く無視した失礼千万なものでした。ですから、この会談は、日本側が首相の支持率安定を狙うために政治的に要望した結果だと考えるのが良さそうです。

そうではあるのですが、この種の会談にはめずらしく、サプライズとも言える成果があったように思います。3点指摘しておきたいと思います。

まず、1点目は「台湾海峡」という文言が共同声明に入ったことです。ただ、表現は極めて現状維持的で、特に「台湾海峡の両岸に問題がある」ことを認める表現で、「一つの中国」を前提としているようにも読める巧妙な表現になっています。

「We underscore the importance of peace and stability across the Taiwan Strait and encourage the peaceful resolution of cross-Strait issues.(原文)」

「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。(外務省公表の仮訳)」

これに対して、現時点における中国のリアクションは、「怒っているが激怒はしていない」というものであり、相互に一種の「腹芸」が機能していると考えられます。つまり米中はどこかで真剣に意見交換をして懸案事項の解決を試みる、その可能性を残した格好になっています。これは日米中というより、米中外交の一コマと考えるのが適切ですが、いずれにしても意味のあることと思います。

在留邦人にとっては心強い

2点目は、アメリカで深刻化しているアジア系を狙ったヘイトクライムの問題が取り上げられたことです。共同宣言には入りませんでしたが、共同会見の冒頭ステートメントの中で菅首相は、両首脳がこの問題を話し合ったことを明かしています。

私はこのコラム欄で、ヘイトクライムの問題を取り上げた際に、首脳会談で菅首相に問題を提起するよう要望していました。その時は、実現はかなり難しいと思っていましたが、アメリカに明らかな非のある、この種の問題を日本の首相がしっかり問題提起をして、アメリカの大統領がそれを受け止めたというのは意義深いことです。

私たち在米邦人にとっては心強いことですし、両首脳がアメリカに非のある問題を直視したということは、例えば中国に対しても、良いメッセージを送ることになったと思います。外交とは勝ち負けでなく、共通の理念を確認する場だということです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

チェコ、新首相にバビシュ氏 反EUのポピュリスト

ビジネス

米ファンドのエリオット、豊田織株5.01%保有 「

ワールド

タイ・カンボジア紛争、トランプ氏が停戦復活へ電話す

ビジネス

プライベートクレジットのデフォルト率、来年4.5%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 6
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story