コラム

裁量労働制の見直しが「働かせ放題」になる危うさ

2026年02月18日(水)12時00分

裁量労働が機能するには個人のタスクを自分の裁量で決めたスケジュールで進める必要がある photoAC

<日本の働き方の中では、仕事の進め方を自分の裁量で決める「裁量権」が極めて限られている>

高市首相は、選挙前から働き方改革の「弊害」を見直すという発言をしていました。その時のニュアンスは、残業の上限が厳しすぎるので、企業側としては労働者を働かせることに限界があり、労働者としても残業代が減る、だから規制を緩めるような検討をするように聞こえました。

ですが、選挙に大勝したことで、広範な中間層や無党派層に支持される政治ということになると、こうした規制緩和は適当でないという判断がされたのだと思います。それよりも何よりも、いつまでも人間を安く使っていたらDXもAIも自動運転も進まないわけで、労働時間規制の緩和というのは、生産性の敵とも言えるでしょう。


その流れで、働き方の中でも何かと問題が指摘されていた裁量労働の見直しをするということになったのではないか、そのような推測がされます。裁量労働というのは、労働者が自分の裁量で時間配分などを自由に決め、これに対する賃金はある時間を勤務したと「みなす」ことで計算するというものです。

問題は、この裁量労働という制度が悪用されて、雇用者からは「働かせ放題」になるということです。これが改善される方向になれば、改革にはなると思います。ですが、問題はそう簡単ではありません。

それは日本の働き方の中では、仕事の進め方を自分の裁量で決める「裁量権」が極めて限られているという問題です。これは日本の独特の習慣から来ている問題で、具体的には「職務の範囲が明確でない」ことと、「スキル・情報と権限が一致しない」ということから来るものです。

日本の職場では職務の範囲が曖昧

まず、裁量労働が機能するには、個人に割り振られたタスクを個人が自分の裁量で決めたスケジュールで進める必要があります。ですが、日本の多くの職場では、職務の範囲、つまり自分の持ち場が明確に決まっていません。少しずつ明確にするような動きがありますが、現時点では多くの官庁や企業では、やはり範囲には曖昧な点が残っています。

そうすると、突発事態なので隣のセクションの応援に駆り出されるとか、誰かが家族の急病で早退すると、その職務が突然別の人に振られるといった事態が発生します。これに応じていると、自分の仕事ができなくなって、労働時間が伸びてしまいます。そのような職場環境の中では、裁量労働は「働かせ放題」になってしまいます。

もう一つの問題は、スキルと情報と権限が一致しないということです。管理職には権限はあるが、スキルと情報はないという人事が行われるケースが、多くの日本の企業や官庁では残っています。そうすると、情報とスキルを持っている人は、管理職向けのブリーフィング、つまり情報の注入を初心者向けのロングバージョンで常に求められます。

そして、この種のブリーフィングは突然命じられることが多く、しかも管理職からの命令ですから拒否できません。要するに、知識のない人間に高給と権限があり、知識を持っている人間、仕事ができる人間は薄給で長時間労働、しかも権限も達成感もないというシステムになっているわけです。これでは、裁量労働は成立しません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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