コラム

敗北はほぼ確実? 「何も成し遂げていない」英スナク首相、それでも早期解散せざるを得なかった理由

2024年05月23日(木)15時57分

BBC政治部長「今やらなければもっと悪くなる」

英BBC放送のクリス・メイソン政治部長は、数週間前には「秋の総選挙」が有力だったが、「今やらなければもっと悪くなる可能性がある。今日のインフレ率は成功の部類に入る。経済全体も少し明るくなっている。難民申請者をルワンダに送る計画もある」と解説する。

解散・総選挙を先延ばししても「Things Can Only Get Worse」というわけだ。

インフレ率低下にしてもエネルギー価格の下落が大きく、保守党政権の貢献はほとんどない。デービッド・キャメロン首相(当時)が2013年にEU離脱の是非を問う国民投票を約束してから、英国は右派ポピュリストに鼻面を引き回され、二日酔いのような迷走を続けてきた。

国防費GDP比2.5%への引き上げ、富士通がポストオフィスに納入した勘定系システムの欠陥による民間委託郵便局長ら736人の冤罪事件、汚染血液製剤・輸血で3万人以上がヒト免疫不全ウイルス(HIV)や肝炎に感染し約3000人が死亡した医療災害の補償で政府は首が回らない。

世論調査に詳しい英ストラスクライド大学のジョン・カーティス教授(政治学)は英紙タイムズに「スナク首相は早期解散という大きな賭けに出た。1年半の間にほとんど何も成し遂げていない彼が今後数週間で何を達成できると考えているのかは明らかではない」と寄稿した。

2カ月以内にがん治療を受けられたのは6割未満

スターマー党首は6つの政策を掲げる。(1)経済の安定(2)国民保健サービス(NHS)の待ち時間短縮(3)新しい国境警備司令部の立ち上げ(4)公営エネルギー会社の設立(5)反社会的行為の取り締まり(6)主要教科の教師6500人の採用――だ。

政権交代すれば政治の安定は回復する。しかし経済と財政を立て直すのは難しい。IMFは英国の金利を現在の5.25%から来年末までに3.5%に引き下げるべきだと勧告するが、それもインフレ次第。今後5年間は公共サービスの支出が増え、年300億ポンド(約6兆円)の財源不足に陥る。

病院で治療を受けるのが非常に困難になっているため、予約なしで診てもらえるNHS病院の救急救命室(A&E)は駆け込み寺状態だ。昨年9月、病院での治療待ち患者数は約780万人となり、過去最高を記録した。2カ月以内にがん治療を受けられたのは6割にも満たない。

英国最大の強みは大学・大学院の高等教育。逆に弱みは義務教育だ。保守党は英仏海峡を渡るボート難民対策に血眼だが、皮肉にも22年の1年間で74万5000人(EU離脱前の目標は30万人)に達した移民の純増が英国経済復活のカギを握る。労働力化できれば経済効果は大きい。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story