コラム

プリゴジン反乱で「ロシア軍の戦闘力」はどこまで低下する? 兵力的な悪影響だけでない、問題の深刻さ

2023年06月30日(金)17時14分
ワグネル創設者エフゲニー・プリゴジン

エフゲニー・プリゴジン(2023年4月) Yulia Morozova-Reuters

<兵員と装備の供給が減少するという「物理的な側面」は、今回の反乱がもたらしたロシア軍の戦闘力低下という問題の一端でしかない>

「24時間以内に収束した『プリゴジンの反乱』はロシア全土に波紋を広げ続けている」。イラク、アフガニスタンに従軍し、米統合参謀本部の戦略官も務めたミック・ライアン元オーストラリア陸軍少将はツイッターでこう指摘する。「プリゴジンの反乱はロシアの国家機関の脆弱さを浮き彫りにした」

ウラジーミル・プーチンはロシア大統領に留まる可能性が強いものの、国防省や軍、情報機関、内務省、治安組織の国粋主義者(シロビキ)でつくるプーチンの権力基盤に大きな亀裂が入った。プーチンは来年3月の大統領選で勝利して事実上の終身大統領への道筋を確実にすることを目指しているが、「プーチン大統領」がいつまで続くか誰にも分からなくなった。

「プーチンの料理番」ことロシアの民間軍事会社ワグネルグループ創設者エフゲニー・プリゴジンはアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の介入でベラルーシに逃れた。傭兵部隊を率いるプリゴジンの次なる資金稼ぎの舞台がベラルーシなのか、膨大な資源が眠るアフリカなのか、それとも他の場所なのか、明らかになるまでしばらく待つ必要がある。

プーチンは、無能だが忠実なセルゲイ・ショイグ国防相を選び、夥しい血を流した東部ドネツク州バフムートの戦闘で正気を失うまでに過激になったプリゴジンを最終的に切り捨てた。反乱を黙認した疑いがある「ハルマゲドン将軍」ことセルゲイ・スロビキン・ウクライナ駐留ロシア軍副司令官はロシア当局に拘束されたとされる。

ショイグとゲラシモフが解任される可能性は低い

多くの軍や治安組織がプリゴジンの「正義の進軍」を止めなかったことはロシアが脆弱な国家となり、プーチンの統治に深い不満を抱いていることを浮き彫りにしている。クレムリンの内部抗争は6月4日に始まったウクライナ軍の反攻をかすませた。しかし、ライアン氏は「プリゴジンの反乱はロシア軍の戦闘力に重要な影響を与える可能性がある」と分析する。

戦闘力は軍事組織の知的・物理的・道徳的な側面からなる。「戦闘で使用される大量の兵員と装備を供給する物理的側面ではプリゴジンの反乱は東部ドンバスにおけるロシア軍の精鋭部隊を減じることになる。ワグネルが人海戦術をとり、精鋭部隊を狡猾に使っていなければ、ロシア軍がバフムートを掌握できていなかっただろう」(ライアン氏)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ロ石油大手の海外資産売却交渉を承認 買い手候補

ビジネス

GDP7─9月期は6四半期ぶりのマイナス成長、年率

ビジネス

NY連銀総裁、常設レポ制度活用巡り銀行幹部らと会合

ワールド

トランプ氏、カンボジアとタイは「大丈夫」 国境紛争
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story