コラム

中国「中央統戦部」の女スパイが英議会に深く入り込んでいる──MI5が前代未聞の警告

2022年01月14日(金)11時23分

英保守党のデービッド・キャメロン首相(当時)と言葉を交わすクリスティン・リー BBC/YouTube 

<女スパイを操っていると考えられるのは、国共合作や孔子学院の世界展開でも知られる中国中央統戦部。これはイギリスにとって、ロシアを上回る気候変動並みの脅威だと、MI5のマッカラム長官は言う>

[ロンドン発]国内での外国スパイの摘発、国家機密の漏洩阻止などの防諜活動を行う英情報局保安部( MI5)が13日、英下院議長を通じ、ロンドンを拠点に活動する中国人弁護士クリスティン・リー氏が中国共産党中央統一戦線工作部(中央統戦部)の意向を受け下院議員に近づき影響力を行使していると全下院議員に対し、異例の警告を行った。

日米欧議員らが中国の人権弾圧を監視する「対中政策に関する列国議会連盟」設立を主導し、中国の制裁リストに加えられたイギリスの対中最強硬派イアン・ダンカン・スミス元保守党党首は「中国政府のエージェントと疑われるリー氏は英議会を狙って中国共産党のために議員や政治団体に関与し、政治的に干渉している」とツイートした。

「私は中国政府から制裁を受けている。その国のエージェントが英議員と協力して議会のプロセスを妨げるために活動していることは非常に憂慮すべきことだ。中央統戦部に代わって政治的干渉に従事している外国の卑劣なエージェントが何もされずに活動できるのはどういうことなのか」とリー氏と親密な関係を持つ議員の調査をジョンソン英政権に求めた。

保守党内で「中国研究グループ」を主宰する下院外交特別委員会のトム・トゥーゲントハット委員長も中国政府の制裁リストに加えられた。トゥーゲントハット氏は「わが国の情報機関は国家的脅威に焦点を当てているが、当然のことだ。北京の工作が増大しているのは明らかで、敵対活動から民主主義を守る必要がある」とツイートした。

中央統線部とは

MI5の警告文書によると、中央統戦部は中国共産党の主張を広げる一方で中国共産党の政策に敵対する勢力に対抗するため、虚偽や賄賂、脅しなど硬軟織り交ぜた方法で相手国の政治家や有力者に近づいて親密な関係を構築する。手なづけた協力者に中国共産党の主張に沿った言動をさせたり、都合の悪いことには口をつぐませたりする部局だ。

元陸上自衛隊幹部学校長(陸将)の樋口譲次氏は論文「海外に魔の手を伸ばす中国の『統一戦線工作』」の中で、中央統戦部は中華人民共和国建国 7 年前の 1942 年に設立されたと指摘する。最もよく知られた統一戦線工作は抗日民族統一戦線としての中国国民党と中国共産党による「国共合作」で、現在では中国文化を普及する孔子学院もツールの一つだ。

樋口氏によると、習近平国家主席は2015 年 「統一戦線工作条例」を制定。中国共産党創設 100 周年の 21 年を中間目標に、建国 100 周年の 2049 年を最終目標に「中華民族の復興という中国の夢」実現のため「統一戦線工作」を通じて香港や台湾、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、南シナ海、東シナ海問題に関して中国の身勝手な言い分を広めている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国の世界的な融資活動、最大の受け手は米国=米大学

ビジネス

S&P、丸紅を「A─」に格上げ アウトルックは安定

ワールド

中国、米国産大豆を買い付け 米中首脳会談受け

ビジネス

午後3時のドルは155円前半、一時9カ月半ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story