コラム

英首相の「集団免疫」計画で数万人が犠牲になった──元側近が責任を追及

2021年05月27日(木)12時15分

しかし翌12日には、10万人死亡という楽観シナリオと50万人死亡という悲観シナリオが議論された。さらにドナルド・トランプ米大統領からはイラク爆撃への参加を求められ、シモンズさんは子供が生まれたら愛犬をもとの動物福祉施設に戻そうとしていると報じた英紙タイムズに激怒していたため、官邸は混乱を極め、「狂った1日」になった。

一定の人口が自然感染して免疫を獲得すれば感染を防ぐ壁になって収束するという集団免疫について、カミングズ氏は「それが良いことだというのではなく、避けられないだろうという認識だった。その時期が、第1波後の9月か、それとも第2波後の翌年1月かという問題だった」と振り返る。イギリスは出口として集団免疫を一貫して想定している。

マーク・セドヴィル内閣官房長官(当時、元外交官)もジョンソン首相に「明日テレビで集団免疫計画について古い水ぼうそうパーティー(ワクチンではなく子供たちをわざと感染症にさらす行為で危険を伴う)のようだと説明すべきです。9月までに集団免疫を得るにはコロナに感染する人が必要なんです」と示唆していた。

首相自ら感染して見せる案も

ジョンソン首相はイングランド主席医務官クリス・ホウィッティ氏にテレビの生放送で自分にウイルスを注射してもらえば、みんな感染するのを恐れなくなるとも話していたという。マット・ハンコック保健相は昨年3月15日、国民に「集団免疫は計画の一部ではない」と説明したが、「完全な間違い」とカミングズ氏は一蹴した。

イギリスは接触制限で感染のピークを遅らせることができても集団免疫に到達するまで感染は広がるだろうと考えていた。第1波の山を抑え過ぎれば第2波の山が大きくなり、医療が崩壊してより多くの犠牲者が出るというのが緊急時科学的助言グループ(SAGE)の見解だった。カミングズ氏は「私たちは第三の道を考えるべきだった」と後悔する。

カミングズ氏が"天敵"シモンズさん以上に目の敵にしたのがハンコック保健相。「公の場で何度もウソをつき、少なくとも15、20の理由で罷免されるべきだった。国家が期待する基準をはるかに下回り、悲惨な結果をもたらしたことに疑いの余地はない。私は首相に彼を罷免すべきだと繰り返した。そうしないと多くの人を死なせる大惨事になる、と」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story