コラム

ついにEUを離脱したイギリスの「脱欧入亜」に現実味

2021年01月14日(木)16時40分

自動車産業が専門の英バーミンガム大学のデービッド・ベイリー教授はこう語る。「合意は、棚上げされていた(仏自動車大手)PSAや日産自動車のイギリスへの投資への青信号になることが期待される。しかし通関申告や原産地証明の監査、EU移民の査証など追加費用が発生するのは避けられない」

電気自動車とバッテリーのEU域外部品が認められる割合について、イギリスは日系企業に配慮して当初70%を要求したが、6年間で60%から55%、45%と段階的に減らしていくことで最終合意した。これにトヨタのハイブリッド車が含まれるかについて、ベイリー教授は疑問視する。

2020年は欧州が全面的に電気自動車に舵を切った「EV元年」だ。英政府は2030年からガソリン車とディーゼル車の、35年からハイブリッド車の新車販売を禁止する「グリーン産業革命」をぶち上げた。そこにプラグインハイブリッドが全て含まれるのか、一部なのか定かではない。

「トヨタはイギリスで組み立てたハイブリッド車をEUへ無関税輸出するのに苦労する恐れがあるが、現地調達部品を増やす時間はある。イギリスはバッテリー工場誘致でEU加盟国に後れを取っており、原産地規則を満たすためEUからの輸入部品にますます依存するようになる可能性がある」とベイリー教授は言う。

そのため産業革命でかつて栄えた全国4カ所以上の港とその周辺を関税、付加価値税(VAT)と規制のないフリーポート・フリーゾーンとして再興させ「技術革新の産業特区」にしていく考えだ。

イギリス資本のEU離れ

FTAは5年ごとに見直され、紛争は分野ごとに分けられた約30の委員会の上に設けられたパートナーシップ会議で協議される。しかしEU市場にアクセスできる金融サービスの同等性やデータ保護の十分性については双方の距離が今後さらに広がっていく恐れがあるため、EU側が一方的に判断することになった。EU市場へのアクセスを保ちたいならイギリスはEUの規則に合わせるしかない。

FTA交渉で最大の争点となった漁業権交渉を意味する「魚」という単語は合意文書に16回も出てくるのに「金融サービス」は6回だけ。漁業が英経済の0.02%なのに対して金融サービスは6.9%を占めるが、金融危機後の緊縮策で国民は塗炭の苦しみを味わったため、金融セクターを優遇するわけにはいかない。

離脱後に金融単一パスポートを失うイギリスの金融機関はEU域内でこれまでどおり活動できなくなることを見越して、既に人や資本、活動拠点の移動を終え、EU域内でパスポートを取り直している。国際コンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤングによると、英金融セクターの400社超がフランクフルトやパリなど欧州大陸への移転を発表したという。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米・イラン交渉団、パキスタン首相と個別に会談 和平

ワールド

バンス米副大統領、パキスタンのシャリフ首相と会談

ワールド

米が資産凍結解除に同意とイラン筋、米当局者は否定

ワールド

ガザ平和評議会、資金不足報道否定 「要請全額満たさ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 5
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 6
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 7
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 8
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国が恐れる「経済ドミノ」
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story