コラム

顕在化する「ドイツリスク」 メルケル首相のCDU党首辞任でヨーロッパに激震

2018年10月30日(火)10時30分

10月29日、CDUの党首辞任を発表したドイツのメルケル首相 Hannibal Hanschke-REUTERS

[ロンドン発]予想された通り、アンゲラ・メルケル独首相の「終わり」が確実に近づいてきた。ドイツ産業の集積地・バイエルン州議会選に続き、金融の中心・ヘッセン州議会選でも与党3党は大幅に後退、メルケル首相はキリスト教民主同盟(CDU)の党首辞任を表明した。2021年まで首相の座に留まる意向を示したが、次の難関は12月の党首選だ。

バイエルン州議会選(連動する連邦参議院での表決権は最大の6)とヘッセン州議会選(同5)の結果を見ておこう。

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大量難民受け入れが命取りに

連邦レベルで大連立を組むCDUとバイエルン州の姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)、中道左派の社会民主党(SPD)はそれぞれ10%以上、合計すると20%以上も票を減らした。大連立政権の支持率は47%を切り、有権者はメルケル長期政権とそれを支える大連立に明らかに「ノー」を突きつけた格好だ。

世界を揺るがしたギリシャ危機と単一通貨ユーロ危機でも対症療法的な安全運転に徹し、欧州統合のビジョンを示したことがないメルケル首相は常に「天才的戦術家」と揶揄されてきた。しかし15年の欧州難民危機ではパレスチナ難民の少女の訴えに心を動かされ、100万人を超える難民を受け入れた。皮肉にもそれが「人間メルケル」の命取りになった。

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EU首脳会議で苦悩の表情を浮かべるメルケル首相(10月18日、筆者撮影)

政治的な生存本能は健在

ヘッセン州議会選での事実上の敗北を受け、メルケル首相は「天才的戦術家」としての本領を発揮した。ライバルを葬り去る彼女の政治的なキラー・インスティンクトと生存本能はまだまだ健在だ。

同州議会選の翌日の10月29日、メルケル首相は先手を打って「12月の党首選には出馬しない」と表明するとともに21年秋の任期終了まで首相の座に留まる意向を示した。メルケル首相はこれまで党首留任をほのめかしていたが、夏休み前から辞任を考えていたと取り繕った。絶対不可分と断言していた党首・首相職について突然「総総分離」を持ち出した。

メルケル首相のサバイバル戦術は分かりやすすぎる。名前の頭文字を取って「AKK」と呼ばれる後継者のアンネグレート・クランプ=カレンバウアーCDU幹事長を次期党首に推し、党に院政を敷いて自分は首相の座に留まる思惑が透けて見える。しかし、それでごまかされるほど有権者は甘くない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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