コラム

顕在化する「ドイツリスク」 メルケル首相のCDU党首辞任でヨーロッパに激震

2018年10月30日(火)10時30分

対抗馬として連邦議会の党代表を務めたフリードリヒ・メルツ氏、イェンス・スパーン保健相が名乗りを上げる。「AKK」ならメルケル政治の継承だ。しかしCDUは、反難民・反移民を声高に唱える極右政党「ドイツのための選択肢」に流れた強硬右派の票を取り戻すため、右旋回する可能性が極めて強い。

党内右派のメルツ氏やスパーン氏が党首になればSPDは大連立から離脱し、CDUとCSUは右派による少数政権になるか、解散・総選挙になるかもしれない。ドイツも「欧州統合」という協調主義より、世界の例に漏れず「ドイツ第一」に政策転換すると筆者はみる。

有権者にとって分かりやすいシグナルとなる政策転換の選択肢は次のようなものだ。

(1)100万人を超える難民を受け入れたメルケル首相の「門戸開放」政策を撤回する

(2)ギリシャやイタリアといったユーロ圏の重債務国への締め付けを強化する

(3)欧州統合強化を唱えるエマニュエル・マクロン仏大統領と明確な一線を画する

(4)対米関係を改善するため国防費を増やす

(5)ドナルド・トランプ米大統領の貿易戦争で痛手を被るドイツの自動車メーカーや製造業を守るため、大口の輸出先である英国の欧州連合(EU)離脱交渉を現実路線に転換する

揺らぐ独仏関係

英国とドイツとでは単純小選挙区(多数決)と比例代表(コンセンサス重視)と選挙制度や政治文化は異なるが、EU離脱を主導した英国独立党(UKIP)やユーロ懐疑の「ドイツのための選択」の台頭という政治トレンドは極めて似通っている。EU離脱は別にしてドイツは政治的に英国の後を追うことになるだろう。

仮に党首選で「AKK」が次期党首に選ばれても当面の時間稼ぎにしかならない。ドイツと欧州は大きな転換点を迎えている。ドイツの二大政党が有権者の信頼を取り戻すには、大連立を解消し、お互いに原点に回帰するしかない。しかし、ドイツの政治が安定を取り戻したとしてもEUの根幹をなす仏独関係が揺らぎ、欧州の不安定化は避けられなくなる。

一国に留まるには強力過ぎ、欧州を支配するほどには大きくないため、第一次大戦と第二次大戦で興亡を繰り返してきた「ドイツリスク」がいよいよ頭をもたげてきた。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!

気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを

ウイークデーの朝にお届けします。

ご登録(無料)はこちらから=>>


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 2
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 10
    「豊尻」施術を無資格で行っていた「お尻レディ」に1…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story