コラム

駐EU英国大使の辞任が示すブレグジットの泥沼──「メイ首相、離脱交渉のゴールはいずこ」

2017年01月05日(木)18時43分

ブレグジットに不満?──辞任したロジャーズ前駐EU英国大使 Francois Lenoir-REUTERS

<イギリスの駐EU大使が突如、辞任した。ブレグジットに対するメイ首相のはっきりしない態度を腹にすえかねた可能性もある。はっきりしているのは、交渉に当たる顔ぶれがこれで強硬派一色になったことだ>

 勤め人なら誰しも上司に辞表をたたきつける日を夢見ているのかもしれない。しかし女王陛下に仕える外交官ともなると、ことはそう簡単ではない。欧州連合(EU)離脱通告を控える大切な時期に、EUに精通するアイバン・ロジャーズ駐EU英国大使が突然辞任した。

 同僚や部下に宛てた長文の電子メールがメディアにリークされ、ハード・ブレグジット(EU単一市場からの離脱)も辞さないメイ首相への意趣返しとも、自らの進退を賭した警鐘とも映る生々しい内容に衝撃が広がった。主要部分を紹介しよう。

【参考記事】「ブレグジットには議会承認が必要」英判決でこれから起こること

「EU離脱後の英国とEUの関係のため交渉のゴールとして何を政府が設定しようとしているのか、我々(ブリュッセルの外交官)はまだ何も知らされていない」「ホワイトホール(ロンドンにある官庁街)には困難な多国間の交渉経験を持つ人材が不足している。これに対して欧州委員会やEU首脳会議の事務方は人材に事欠かない」

「交渉に当たる外交官の立場を決める上級担当相は事柄ごとにあなた方(EU英国代表部)から、他のEU27カ国の見解、国益、インセンティブに関して詳細で、ありのままの、たとえそれが不愉快な内容であっても、繊細な解説を必要としているのに」

「ある人たち(離脱強硬派)は、当局が邪魔立てさえしなければ自由貿易が成立すると信じているが、現実にはそうはいかない。他の市場へのアクセスや消費者の選択の拡大は我々が結ぶ多国間、複数国間、二国間の合意とその内容によって決まる」

「私はあなた方が、前提の間違った議論や泥縄式の思考法に反論し続けること、権力者に対して真実を告げるのを怖れないことを望む。政治家に耳の痛い話をしなければならない難しい時期だからこそ、力を合わせなければならない」

メイ内閣の対立が露わに

 ロジャーズ氏は2013年駐EU大使に就任し、任期は2017年11月まで残っていた。電子メールは、昨年11月にリークされたコンサルタント会社デロイトの「EU離脱の全体的な戦略はなく、メイ内閣には対立があり、明確な交渉の立場を決めるのが6カ月遅れる恐れがある」というメモの内容を裏付けるかたちとなった。

【参考記事】ブレグジット後の「揺れ戻し」を促す、英メイ首相のしなやかな政治手腕

 EU残留・離脱を問う国民投票の前に、キャメロン首相(当時)は他の加盟国首脳と再交渉し、EU法案への拒否権を各加盟国議会に付与すること、EU移民に対する社会保障給付の要件を引き上げることで合意した。結局、英国の有権者は再交渉の結果には満足せず、EU離脱に投票したわけだが、その再交渉を裏で取り仕切ったのがロジャーズ氏だった。

 昨年12月、ロジャーズ氏は非公式に「EUを離脱したあとEUと新しい貿易協定を結ぶのに最長10年かかる恐れがある」との見方をメイ内閣に伝えたとメディアに報じられた。首相報道官は「政府はEU離脱交渉で英国とEUの相互利益となる合意に達する自信がある」と即座にロジャーズ氏の見方を否定した。

【参考記事】トランプ勝利で実感するイギリス君主制の良さ

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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