コラム

オーストリアが紙一重で「極右」大統領を阻止 右翼ポピュリズムが欧州を徘徊する 

2016年05月24日(火)16時00分

 オーストリアの戦後政治は中道左派の社会民主党(旧社会党)と中道右派の国民党の「合意民主制」に支えられてきた。終戦直後の1945年総選挙で二大政党の得票率は94.4%。それが、冷戦後の99年総選挙では59.3%にまで下がり、26.9%を得た自由党の台頭を招いた。今大統領選の第1回投票でも二大政党の得票率は計22.4%、ホーファーの35.1%に遠く及ばなかった。二大政党と政治支配層はオーストリアの民意を完全に失った。

kimura160524-2.jpg

 二大政党の没落はベルリンの壁崩壊と新自由主義の浸透、EU、ユーロ誕生と同時進行形で始まった。「祖国」「国民」より「欧州」が優先されることへの反発と怒り。競争原理が強化され、EU域内で労働力が自由に行き来する。欧州統合によって、社会民主党が公共住宅や国営産業、組合を押さえ、国民党が農業や官僚、ビジネス界、教会に影響力を持つという政治と産業の構造が完全に崩壊してしまった。

 この空白を巧みに突いたのが1986年、自由党党首に選ばれたイェルク・ハイダー氏(2008年に交通事故死)だった。ナチス協力という戦争世代の傷跡を癒そうと、両親が熱心なナチズム信奉者だったハイダーは「ナチ親衛隊は栄誉と尊敬を受けるべきだ」など親ナチ発言を繰り返す。00年、自由党は国民党との連立政権に参加、国際社会から「極右の政権参加は認められない」とオーストリアは強烈な批判を浴びる。

究極のポピュリズム

 しかし、ハイダーの本質は親ナチでも、オーストリアはドイツに帰属すべきだと考えるドイツ・ナショナリズムでもなかった。「祖国」を求心力にする究極のポピュリズムだ。ハイダー辞任と党分裂を経ても、ポピュリズムは自由党の遺伝子として脈々と受け継がれている。

 自由党は欧州懐疑を叫び、「欧州統合の敗者」である単純労働者に支持を広げてきた。米国とEU間の環大西洋貿易投資協定(TTIP)に反対して保護主義をさらに鮮明にする。ハイダーが反ファシスト、外国人、欧州統合、ユダヤ人をスケープゴートにしたように、現在の自由党は難民、イスラム系移民、欧州統合、グローバリゼーションをやり玉に挙げている。

 ファイマン首相(当時)は、難民への門戸開放を唱えたドイツのメルケル首相に同調したが、国民の反発を受け一転、バルカン諸国9カ国と協力して国境を閉鎖した。しかし難民問題への対応や大統領選の敗北を受け5月9日、首相を辞任。国営の鉄道会社社長だったクリスティアン・ケルン氏が新しい首相に就任した。

 オーストリア社会は大統領選決選投票の結果が示すように真っ二つに分かれている。この対立を修復するのがファンデアベレンの仕事になるが、二大政党が崩壊する中、次の国民議会選でどこまで自由党が議席を伸ばすのか、底知れない不安が広がる。欧州統合という理想が難民危機を引き金に強烈な反動を欧州に引き起こしている。
 

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米中間選で広がるフェイク動画広告、有権者

ビジネス

スペースXのIPO、イートレードが個人投資家向け販

ワールド

トランプ氏、ホルムズ海峡巡り新たな警告 米和平案「

ビジネス

エネルギー価格は年内下落と予想、市場の見通しと一致
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思われるドローンの攻撃を受け大炎上
  • 4
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 7
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 8
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 10
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story