コラム

ケルンの集団性的暴行で激震に見舞われるドイツ 揺れる難民受け入れ政策

2016年01月14日(木)15時55分

 ドイツでは禁錮3年の有罪が確定した場合に難民の地位が問われる。「この期間を1年に短縮してはどうか」「犯罪行為を行った場合、ドイツでの居住権を剥奪すべきだ」という声が政権の足元から噴き出す。「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国主義者」(PEGIDA、ペギーダ)やユーロ離脱を党是にする新興政党「ドイツのための選択肢(AfD)」はここぞとばかりに「メルケルが受け入れを表明するから、こんな事件が起きるのだ」と批判を強めている。

 直近の世論調査では実に国民の20%がイスラム排斥を唱えるPEGIDAの主張に共感を覚えると回答しているのだ。東部ライプチヒでは外国人排斥のデモ行進が暴走し、ケバブ店の窓ガラスが割られたり、車やゴミ箱に放火されたりする騒動に発展、211人が逮捕された。難民受け入れに反対する抗議活動では、メルケルにイスラムのスカーフをかぶせたり、股間に黒い手を当てたりするポスターが掲げられている。

トルコでもドイツ人がテロの犠牲に

 欧州連合(EU)でメルケルが主導した経済力や人口に応じた難民受け入れ枠の割当制に反発する旧東欧諸国の指導者も黙っていない。難民を締め出すため有刺鉄線のフェンスで国境を閉ざしたハンガリーの首相オルバンは「自由主義は危機に瀕している。我が国の対応は正しかった。欧州に向かう難民の流れを止めるべきだ」とトーンを上げる。スロバキアやポーランド、ルーマニアも同調している。

 しかし英国のレイプ被害支援団体によると、イングランドやウェールズ地方で年間9万7千人もの男女がレイプされている。性的暴行の被害者は年間50万人だ。集団心理による犯罪、性的ハラスメント、窃盗や強奪は難民に限った話ではない。ただケルンでは過去3年間に計1万1千人が大晦日の夜と同じような被害を受けており、地元警察も行政当局も事件の重大性を見落とし、対応を誤った。

 昨年11月のピーク時に1日に1万人を数えた難民の流入は現在、3千人に減っている。メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)からは認定基準を満たさない難民を1日1千人国外追放する「ゼロ・トレランス」のアプローチを求める声が上がる。

 1月12日には、トルコ最大都市のイスタンブールで過激派組織「イスラム国(IS)」の犯行とみられる自爆テロが起きた。10人が死亡したが、犠牲者はいずれもドイツ人観光客。ドイツの国内世論がさらに先鋭化するのは必至である。昨年、難民が大挙して欧州に押し寄せ、「難民危機」と大きな問題になった。しかしドイツの人道主義と欧州の結束が本物か、問われるのはこれからだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢氏「合意の結論に直ちに結びつかず」、対米交渉を

ワールド

ロサンゼルスで移民の抗議活動、トランプ政権が州兵派

ワールド

コロンビア大統領選の候補者、銃撃される 容疑者逮捕

ビジネス

CPIや通商・財政政策に注目、最高値視野=今週の米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 2
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、健康に問題ないのか?
  • 3
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全な場所」に涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 6
    コメ価格高騰で放映される連続ドラマ『進次郎の備蓄…
  • 7
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「銀」の産出量が多い国はどこ?
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 6
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 9
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 10
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story