コラム

総選挙で愛国野党が大勝、EU拡大の優等生ポーランドを覆う暗雲

2015年10月29日(木)17時20分

「法と正義」のドゥダ大統領を誕生させた影の功労者が、次期首相に就任するシドゥウォ氏。ポーランド南部の出身で、父親は炭鉱夫。あまり笑わないが、やわらかな物腰で地に足のついた人柄が、「黄金の10年」に浮ついた「市民プラットフォーム」とコントラストをなし、陰謀論者として知られるカチンスキ党首の毒を打ち消した。大統領選に続いて総選挙でも、「勝ち組の擁護者『市民プラットフォーム』」「負け組に寄り添う『法と正義』」と対立させる選挙戦略が大成功した。「市民プラットフォーム」のコパチ首相は、つまらないテクノクラートで、権力志向が強く、傲慢な新自由主義者に仕立てあげられた。

「法と正義」が大統領選や総選挙で訴えたのは典型的なバラマキだ。年金受給年齢の67歳から65歳への引き下げ、75歳以上の医療費免除、1人120ユーロの育児手当、最低賃金の引き上げ、付加価値税と法人税の減税、中央銀行による金融緩和、銀行やスーパーマーケットチェーンなど外資系企業を狙い撃ちにした新税導入、国内産業の優遇政策...。「法と正義」が政権につく4年間はユーロ導入はない。しかし年金受給年齢の引き下げだけでも500億ズロチ(約1兆5570億円)の財源が必要で、「法と正義」が言うようにVAT(付加価値税)などの徴税強化だけで担保できるのかどうか、甚だ疑問だ。

 黒幕のカチンスキ党首はドゥダ大統領やシドゥウォ新首相を前面に押し出してきた。しかし、未曾有の難民が欧州に押し寄せた危機では「ギリシャの島ではコレラが、ウィーンでは赤痢が確認された。寄生虫や細菌は難民にとって無害かもしれないが、ここ(欧州)では危険だ」と本音をだし始めた。有権者には難民受け入れより、国内の格差解消を優先してという要望が強い。「法と正義」は今後、難民受け入れ割当制の導入に反対したハンガリーやチェコ、スロバキア、ルーマニアに同調するとみられる。ポーランドの伝統と価値を重んじる「法と正義」はドイツのEU支配に対する抵抗感が強く、宗教的に保守で同性愛や同性婚を認めていない。石炭火力発電の保護も一段と強く打ち出しており、EUの温暖化対策との摩擦が大きくなるシナリオも想定しておく必要がある。

 プーチン露大統領がウクライナに続きシリアに軍事介入した今、ロシアを警戒するポーランドはEUとの結束を強めるしかない。有権者は「変化」を求めたが、EUの枠内で「法と正義」政府が取りうる選択肢は限られている。右傾化ポピュリズムの幻想はそう長くは続かない。カチンスキ党首の考え方は、新自由主義から国家資本主義への切り替えを目指すハンガリーのオルバン首相に似ている。EUのさらなる統合にはブレーキがかかるだろう。今後4年間のポーランドは、良くなるというより、いかに悪くならないかが最大の焦点だ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習

ワールド

米中マドリード協議2日目へ、TikTok巡り「合意

ビジネス

英米、原子力協力協定に署名へ トランプ氏訪英にあわ

ビジネス

中国、2025年の自動車販売目標3230万台 業界
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story