コラム

総選挙で愛国野党が大勝、EU拡大の優等生ポーランドを覆う暗雲

2015年10月29日(木)17時20分

 EUは経済統合の究極とも言えるモデルである。ポーランドの農家の中にはEU加盟で結束基金に基づき支援を受け、近代化に成功した人もいる。しかし自給自足に近い状態から抜け出せない貧農もいる。外資を利用してビジネスに成功した人もいれば、仕事にありつけない人もいる。EUへの経済統合はポーランド国内で貧富の格差を拡大させ、「勝ち組」と「負け組」を生み出した。共産主義体制下のポーランドでは教育も医療も心配する必要がなかった。しかし、政治や経済のエリート層の出現が、医療など社会サービスの不十分さ、22%に達する若者の失業率と低賃金労働を浮き彫りにする。実際にはポーランドの格差を現すジニ係数は30.8(0は格差がまったくない状態)で、EU平均を若干下回っている。

 トゥスク前首相がEU大統領に転出したことで「市民プラットフォーム」は求心力を失った。「理性(親EU路線、自由民主主義)=市民プラットフォーム」対「感情(反EU、反エリート、反体制)=法と正義」という構図は、「市民プラットフォーム」のおごりによって一変してしまった。今年5月の大統領選で、すでに激震は起きている。まったく無名だった「法と正義」のドゥダ氏(43)が、「市民プラットフォーム」の現職コモロフスキ大統領(63)を僅差で破る番狂わせを演じた。その3カ月前まで、1970年代、80年代の反体制運動の象徴だったコモロフスキ大統領の支持率は68%に達していた。しかし同大統領はTV討論を拒否。前出のブラスECFRワルシャワ事務所長らによると、同大統領は「若者が生活に困っているなら転職してカネを借りればいい」と発言して失速した。

 大統領選の第1回投票で元ロックスター、クキズ氏(52)=新党クキズ15の党首=の得票率が20.8%に達し、このうち4割以上が若者票だった。独誌シュピーゲル(電子版)によると、公教育の改善に取り組む教育相が自分の子供を私立校に通わせたり、外相がワルシャワの高級レストランで「我々はロシアやドイツと紛争を起こしても大丈夫だ。なぜなら米国に番犬役を与えたからだ」と話すなど、「市民プラットフォーム」は「勝ち組」のエリート臭を撒き散らし、おごりを感じさせるようになった。彼らに「負け組」の痛みや気持ちは分からない。そんな思いが有権者の間に共有された。「貧しい人は恩恵を受けていません。下層の人たちは『市民プラットフォーム』の経済政策への不満を募らせてきました」(ポーランド在住20年以上の邦人男性)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国経済8月は減速、生産・消費が予想下回る 成長目

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ワールド

米中マドリード協議、2日目へ 貿易・TikTok議

ビジネス

米FTCがグーグルとアマゾン調査、検索広告慣行巡り
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story