コラム

下請けへの業務押し付け、無意味なマウント──賃金上昇を妨げる理不尽な商習慣

2022年07月13日(水)18時54分
下請けいじめ

DEVRIMB/ISTOCK

<日本のビジネスの現場に残る下請け「いじめ」のような時代遅れの商慣行は、経済全体の合理性と生産性を引き下げ、賃金上昇を妨げる要因になっている>

このところインフレが深刻になっていることから、日本の賃金の低さが際立つ状況となっている。日本企業の従業員1人当たりの付加価値は諸外国の3分の2以下であり、そもそも賃金を上げる原資となる利益を生み出せていない。

状況を改善するには、薄利多売に代表される従来型の事業構造を根本的に見直す必要があるが、その前にやれることはたくさんある。古い商慣行の見直しを実現するだけでも、かなりの効果が見込めるはずだ。

日本では、多くの業界で従来型の商慣行が幅を利かせている。諸外国と比較すると、日本の中小企業は大企業の隷属的な下請けとなっているケースが多く、これが全体の効率を低下させている。中には、業務を下請けから孫請けへと丸投げする企業もあり、各企業に管理部門が存在していることから、階層が下がるほど賃金が大幅に低下する。

6月には、尼崎全市民46万人分の個人情報が入ったUSBメモリーが一時紛失するという信じられないトラブルが発生したが、USBメモリーを紛失したのは、業務を再々委託された企業の社員で、尼崎市は再々委託されていることを把握していなかったという。先端的なイメージが強いIT業界においても、重層的な下請け構造が温存されていることが期せずして明らかになってしまった。

支払いを遅くして上下関係を誇示する

資金の支払いサイト(取引代金の締め日から支払いまでの期間)にもこうした上下関係が反映されている。元請け企業が下請けに代金を支払う際、支払いサイトを過剰に長くする企業が少なからず存在する。

金融サービスが高度に発達した現代社会において、過度に支払いサイトを長くする経済的合理性は存在しない。それにもかかわらず、長期の支払いサイトが存在している理由は、上下関係を誇示するという、ある種のマウンティングと考えられる。こうした非合理的な取引慣行を改めるだけでも、経済全体の運営効率は大幅に向上するだろう。

法令遵守についても同じことが言える。日本では雇用の維持が最優先され、行政も企業に労働法制の遵守を強く求めてこなかった。運送業界では、契約外の業務までドライバーに課されるケースが後を絶たず、これがドライバーの労働環境の悪化につながっている。行政が、ごく当たり前の法令遵守を企業に求めるだけで、あっという間に賃金は上昇する可能性が高い。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story