コラム

「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」への反響を受け、もう一つカラクリを解き明かす

2019年09月10日(火)15時00分

1人あたりGDPが急上昇した原因はプラザ合意による過剰な円高

本来であれば、日本企業の競争力が拡大した1980年代に、薄利多売をやめ、高付加価値の製品に特化する先進国型の産業構造に転換すべきであったが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉に酔いしれ、こうした努力を怠ってしまったのが最大の敗因である。

zu001.jpg

その結果、1980年代には一時的に労働生産性が向上し、欧米各国の豊かさに近づいたものの、再び貧しかった時代に逆戻りしようとしている。一方で、日本の1人当たりGDPは1980年代後半に急上昇を開始し、1989年には全世界で2位になったこともある(図上)。

生産性では遠く各国に及ばないにもかかわらず、なぜ1人当たりGDPだけが主要国でトップになったのだろうか。そのカラクリは為替レートの計算方法にある。

1人当たりGDPを各国で比較する場合には、通貨が異なるため、ドルに換算するのが基本ルールとなっている。つまり為替市場で自国通貨が上昇すると、1人あたりのGDPはその分だけ上昇する仕組みになっているのだ。1980年代から90年代の前半にかけて、日本の1人あたりGDPが大きく上昇したのは、急激に進んだ円高が原因である。

米国は日本企業の競争力強化に警戒感を抱き、日本円の切り上げを強く要請。1985年のプラザ合意をきっかけに、為替市場では怒濤の円高が進み、わずか10年間で、1ドル=250円台から80円台まで、日本円は一気に3倍に高騰した。これは実体経済を無視した市場の暴走であり、当然のことながら、名目為替レートを用いて計算する1人当たりGDPを急上昇させた。この時代、日本の1人あたりGDPが世界2位になった理由は、ほぼすべてが為替要因といってよい。

大国であることを前提にした戦略は見直しが必要

労働生産性もドルに換算して比較するのが基本だが、こちらの計算については、実体経済や現実の生活実感に近い、購買力平価の為替レートを用いることになっている。購買力平価の為替レートは、一物一価の原則を基本に、どのくらいの購買力があるのかという視点で算出された為替レートである。

為替市場ではプラザ合意によって急激な円高が進んだものの、購買力平価の為替レートは、物価の変動がそれほど大きくなったことから、ゆっくりと円高が進むだけであった。このため、日本の労働生産性が過剰に高く算出されることはなく、ずっと最下位のまま推移してきた。

ちなみに、購買力平価の為替レートを使って1人当たりGDPを計算すると、1990年代に上昇が見られるものの、労働生産性と同様、日本の順位は基本的に低いままである(図下)。やはり日本経済というものは、戦後、貧しい状況からスタートし、1980〜90年代に欧米水準に近づいたものの、再び、貧しい状況に戻りつつあるというのが現実と考えた方がよさそうである。

【参考記事】「戦後最長の景気拡大」について議論しても無意味である理由

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

ニュース速報

ビジネス

アメリカン航空とサウスウエスト航空、第3四半期に大

ワールド

トルコ中銀、政策金利を予想外に据え置き リラ急落

ワールド

米司法委が最高裁人事を可決、民主はボイコット 本会

ワールド

航空機内のコロナ感染リスク、極めて低い 排除はでき

MAGAZINE

特集:日本人が知らないワクチン戦争

2020-10・27号(10/20発売)

全世界が先を争う新型コロナのワクチン確保 ── その最前線と日本の開発が遅れた本当の理由

人気ランキング

  • 1

    インドネシア大統領ジョコ、米国の哨戒機給油要請を拒否

  • 2

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

  • 3

    菅首相、訪問先のインドネシアで500億円の円借款供与 ジョコ大統領と安保、医療でも協力を決めたが──

  • 4

    新型コロナ、スウェーデンは高齢者を犠牲にしたのか

  • 5

    台湾近くに極超音速ミサイル「東風17号」を配備した…

  • 6

    北朝鮮の新型ICBMは巨大な張りぼてなのか?

  • 7

    「新型コロナウイルス、絶滅する可能性は低く『永久的…

  • 8

    返済が一生終わらない......日本を押しつぶす住宅ロ…

  • 9

    台湾当局「中国の『フーリガン』外交官恐れず建国記…

  • 10

    見つかれば射殺......コロナ禍を生き抜く北朝鮮のコ…

  • 1

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止したのは......

  • 2

    習近平、中国海兵隊に号令「戦争に備えよ」

  • 3

    中国のネットから消された「千人計画」と日本学術会議研究者たち

  • 4

    在韓米軍、駐留費引き上げで合意なければ韓国人職員9…

  • 5

    アフリカ支援を渋りはじめた中国──蜜月の終わりか

  • 6

    トランプ「土壇場の大逆転」2度目は空振り? 前回と…

  • 7

    韓国は中国を気づかって、米日豪印4ヶ国連携「クアッ…

  • 8

    インドネシア大統領ジョコ、米国の哨戒機給油要請を…

  • 9

    グアムを「州に格上げ」して中国に対抗せよ

  • 10

    中国の傲慢が生んだ「嫌中」オーストラリア

  • 1

    中国人民解放軍、グアムの米空軍基地標的とみられる模擬攻撃の動画公開

  • 2

    韓国ネット民、旭日旗めぐりなぜかフィリピンと対立し大炎上に

  • 3

    日本学術会議は最後に大きな仕事をした

  • 4

    スリランカが日本支援のライトレール計画を中止した…

  • 5

    金正恩「女子大生クラブ」主要メンバー6人を公開処刑

  • 6

    習近平、中国海兵隊に号令「戦争に備えよ」

  • 7

    その数333基、世界一のダム輸出国・中国の「無責任」

  • 8

    注意喚起、 猛毒を持つふさふさの毛虫が米バージニア…

  • 9

    日本がついに動く実物大のガンダムを建造、ファンに…

  • 10

    中国のネットから消された「千人計画」と日本学術会…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!