コラム

米国で早期リタイアを目指すミニマリストの若者が増えている理由:FIRE運動の背景を探る

2019年03月05日(火)14時00分

Rawpixel-iStock

<若者が起業や集団など現実世界との折り合いを模索した、かつてのヒッピームーブメントとは似て非なる。若いエリート層は、組織の中で折り合いを付けようとは考えていない。この、徹底的に合理化された現代の社会システムという呪縛から脱却する術を探し求めている>

米国の若者の間で、40歳前後の早期リタイアを目指す「FIRE(Financial Independence Retire Early)」と呼ばれるムーブメントが話題となっている。ビジネスで大成功してリタイアするという従来型の価値観とは異なり、働かなくても暮らしていけるギリギリの資産額で引退を決断し、その後はコンパクトで持続可能な生活を目指すなど、ミニマリストにも通じる部分がある。米国でこうした動きが活発になっている背景や、日本における実現可能性などについて探った。

従来の早期リタイア願望とは異なる動き

米国において早期リタイアというのは社会的ステータスのひとつであった。ビジネスで大成功した人が早い段階で第一線から引退し、その後はボランティアや公的な仕事に就くというのは名誉なこととされた。だが、こうした生き方は、競争社会におけるトロフィーのようなものであり、ビジネスにおける勝者こそが偉いという、米国的な価値観を体現したものといってよい。

しかし近年、活発になっているFIREと呼ばれる早期リタイア願望は、従来のリタイアとはだいぶニュアンスが異なる。どちらかというと競争原理には懐疑的で、そうした無限レースからは早期に抜け出したいという願望が根底にある。

米国が世界でもっともビジネスがしやすい国であることは論を待たないだろう。賃金も高く、大卒新入社員の年収が500万円を超えることも珍しくない。米国において世帯年収1000万円というのは、ホワイトカラー層ではごく普通のことであり、日本とはまるで環境が違っている。
 
一方で、米国は日本とは比較にならない競争社会であり、常に成果を上げることが求められる。社会で一定のキャリアを積んでから大学院に再入学する人も多いが、純粋に学びたいという意欲よりも、常にスキルアップしていかないと競争に取り残されるという面が大きい。

ミレニアル世代を中心に、一部の若者はこうした環境に嫌悪感を持っており、早い段階でリタイアし、その後はスローライフを送りたいと考え始めている。こうした動きが顕在化したのが今のFIRE運動であり、どちらかというと反ビジネス的な動きといえる。

もっとも、米国では競争の激しさ故に、これを忌避する動きが出てくることも特段、珍しいことではない。かつて西海岸を中心に全米を席巻したヒッピー・ムーブメントも、似たような文脈で解釈できるだろう。だが今、話題となっているFIREは、ヒッピーが持っていた反文明的、反体制的な動きとは少し路線が異なっている。

【参考記事】逃げ切りたい中高年は認めたくない? ミレニアル世代が高給でも仕事を辞める理由

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story