コラム

米ロ新冷戦の荒波で安倍外交は難破寸前

2018年02月09日(金)15時00分

日ロ首脳会談で北方領土問題は動くのか(17年4月) Sergei Karpukhin-REUTERS

<超党派の米外交論文が上げた東西激突ののろし――プーチン頼みの北方領土問題解決に暗雲漂う>

トランプ米大統領は17年12月に発表した国家安全保障戦略で、中国とロシアを力による「現状変更を試みる勢力」と非難、備えを固める姿勢を示した。

さらに米戦略の方向を示すと目される外交専門誌フォーリン・アフェアーズは1月18日、共和・民主両党の識者連名で論文「ロシア封じ込め、再び」を掲載。事ごとにアメリカの邪魔をし、米大統領選にまで介入したロシアに対して「新冷戦」到来を宣言した。米指導層は超党派で結束。対ロ宥和姿勢を示すトランプを名指しで非難し、制裁強化に駆り立てている。

これまでロシアを冷戦の敗者と見くびってきた米指導層は、ロシア脅威論の使い勝手の良さに気付いたのだ。中国と比べ経済関係が薄いロシアは、大っぴらに敵国扱いしやすい。ロシアのような「立派な」敵国があれば、オバマ前米政権が削った国防予算が復活できる。民主党もトランプに大統領選で負けた責任を「ロシアの工作」に転嫁するとともに、トランプに親ロのレッテルを貼って足を引っ張り、あわよくば弾劾に持ち込める。

なぜロシア脅威論が復活したのだろうか。91年にソ連が崩壊、エリツィン・初代ロシア大統領が民主主義と市場経済への帰依を表明して冷戦は終結した。

日ソ2大国の結束を警戒

だがその後、原油価格の急騰で自信を付けたプーチン政権は、NATOがロシアの弱味に付け込んで旧ソ連諸国にまで版図を広げるのに反発した。08年にはジョージア(グルジア)に侵攻。14年にはクリミアを併合、東ウクライナに傀儡政権を樹立した。

そして16年の米大統領選の介入が政治問題となって、米ロはソ連崩壊以後の協調時代から完全に反転、新冷戦時代となった。トランプはこの流れに抵抗できず、あえて抵抗する義理もない。

この荒波の中で、日ロ関係の舵取りは安倍政権にとって難しくなる。冷戦時代、アメリカは軍事大国ソ連と経済大国日本の結束を警戒してきた。20世紀初頭の日露戦争後に日ロはアメリカを満州の利権から締め出そうとした前例もあるからだ。

そうした警戒はソ連崩壊で消滅した。民主化・市場経済化しようとするロシアを助けるよう、アメリカは日本に求めるとともに、北方領土問題の解決をエリツィンに何度も働き掛けた。

いま対立の構図が復活し、アメリカは「なぜ米同盟国の日本が敵国ロシアと仲良くするのか」と日ロ接近にまた疑いの目を向けだした。新冷戦下で北方領土の返還はますます難しくなる。

この島々が面するオホーツク海には、アメリカを狙うミサイルを搭載したロシアの原子力潜水艦が潜んでいる。北方領土を日本に返還し、原潜探知・撃滅のための基地を造られては、ロシアもたまったものでない。だからといって、日本が北方領土に自衛隊や米軍の基地を置かないと約束すれば、アメリカは黙っていまい。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

印ロ外相がモスクワで会談、貿易関係強化で合意 エネ

ビジネス

利下げ急がず、労働市場なお堅調=米カンザスシティー

ビジネス

米新規失業保険申請1.1万件増の23.5万件、約3

ワールド

ノルドストリーム破壊でウクライナ人逮捕、22年の爆
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精神病」だと気づいた「驚きのきっかけ」とは?
  • 2
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 6
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    米軍が長崎への原爆投下を急いだ理由と、幻の「飢餓…
  • 9
    ドンバスをロシアに譲れ、と言うトランプがわかって…
  • 10
    フジテレビ、「ダルトンとの戦い」で露呈した「世界…
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story