コラム

本当の危機は断交ではなく、ISを利する民衆感情の悪化【サウジ・イラン断交(後編)】

2016年01月09日(土)11時24分

イラクとシリアでは有志連合などによるイスラム国(IS)攻撃が奏功しはじめているが、今回のサウジ・イラン断交でシーア・スンニ両派の民衆感情が悪化すれば、ISという「運動」がさらに力を増す恐れもある(ISのプロパガンダビデオと思われる映像より) Social Media via Reuters-REUTERS

※【サウジ・イラン断交(前編)】シーア派指導者処刑はサウジの「国内対策」だった はこちら

「メッカ大モスク占拠事件」以来の集団処刑

 サウジ内務省にとって今回47人の「テロリスト」を一挙に処刑したことは、歴史的な重要性を持っている。サウジの新聞は、今回の「テロリスト」の集団処刑は、1979年に起きた「メッカ大モスク占拠事件」に関係した63人の実行犯が処刑されて以来の規模だと解説していた。

 集団処刑を公表した内務省の声明文では、処刑された47人の名前のリストの後に、死刑の理由となった犯罪について17項目が列挙されていた。2003年5月のイラク戦争終結後から2006年2月までに起こったテロ事件である。爆弾テロ、治安部隊や軍の施設への襲撃、外国大使館・領事館の襲撃、石油施設への破壊活動、外国人誘拐と斬首などが挙げられている。すべてがアルカイダによるとされたテロ事件である。その筆頭はリヤドの外国人住宅地3か所の連続自爆テロで、40人近い住民が死んだ事件である。

 この声明を見れば、今回の集団処刑は、サウジにとって最悪のテロが続いたイラク戦争後の危機の3年間に内務省として決着をつける意味があったことが分かる。私はリヤドでの外国人住宅地爆弾テロの1か月後にリヤドに入り、爆発現場の1つに入った。爆弾を積んだ車が、高い塀で囲まれた外国人住宅の中央の広場まで進入し、爆発した。広場に面した周囲の住宅の外壁がすべて吹き飛んだ破壊の光景はすさまじいものだった。

 この時、サウジ内務省は指名手配した容疑者の顔写真を新聞の一面に並べた。アルカイダは90年代からサウジ国内で活動していたが、この事件の後、サウジ政府は初めてアルカイダのテロ対策に本気で取り組んだと言われた。その後、アルカイダは治安部隊を襲撃し、石油製錬プラントを狙うなど、今回の内務省に列挙されたようなテロ事件を次々と起こした。

過激思想を唱えることも死刑理由に

 今回の47人の「テロリスト」の集団処刑は、アルカイダによる最悪のテロが続いた、その時期の清算なのである。その47人の中に、【サウジ・イラン断交(前編)】で取り上げた、アルカイダを支持する宗教者として2004年に逮捕され、死刑判決を受けていたファーリス・ザハラーニ師が含まれていた。

 声明の中で、ザハラーニ師の死刑理由を示すとみられるのは、17項目のうち最後の項目だ。「暴力を扇動し、混乱を引き起こし、テロ行為をまき散らし、外国でテロ活動を行うよう(人々を)そそのかし、そのような活動への支持を表明し、公共のルールを犯している」とある。具体的なテロ事件ではなく、そのようなテロ行為やテロ組織を支持するなどの過激思想を唱える行為が死刑の対象であることを明示したものである。

 ところが、声明の中には、今回、国際的に大きな反響を呼んだシーア派宗教者ニムル師の死刑理由にあたる部分は見当たらない。ニムル師は2011年に「アラブの春」に呼応してシーア派のデモを支持し、2012年に逮捕され、14年に死刑判決を受けた。当時のニムル師の死刑理由には「支配者への不服従」「宗派抗争の扇動」「デモへの参加を主導」などが挙がっていたという。

 死刑が執行された中で、ニムル師は時期的にも、関係した事件も異なり、他のスンニ派の死刑囚の中では全く異質である。もし、内務省が、ニムル師の処刑が国際的に大きな反響を呼ぶことを予想しているならば、声明の中で何かの予防線を張っておいたはずであるが、それはない。サウジ内務省が今回の集団処刑でニムル師の処刑を本筋とはみなしていなかったと、私が考える理由である。内務省はニムル師をシーア派として処刑したのではなく、ザハラーニ師と同様に「暴力を扇動し、混乱を引き起こす」人物(=宗教者)として同類に置いたと理解すべきだろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

金価格、最高値更新続く 米利下げ観測などで銀も追随

ビジネス

ソフトバンク株がプラス転換、PayPayが12月に

ワールド

インドとカナダ、関係改善へ新ロードマップで合意

ワールド

仏、来年予算300億ユーロ超削減へ 財政赤字対GD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story