コラム

イデオロギーで分断された韓国司法の真実

2021年06月30日(水)15時00分

だからこそこのような状況は韓国の司法に、2つの顕著な特徴をもたらした。

1つは、頻繁な判例の変更である。民主化後の韓国において、多くの判例の変更は、過去のねじ曲げられた判例を正しく修正するものであり、この国がさらなる民主化に向かう一つの重要な過程であると理解された。「司法の民主化」という言葉が使われるのはそのためである。

もう一つは、上級裁判所およびその裁判官の権威失墜である。例えば民主化後の1988年、1993年、2003年、2009年の4回にわたり、「司法波動」と呼ばれる下級裁判所裁判官による司法改革、とりわけ上級裁判所の人事刷新を求める運動が起こっている。

上級裁判所で地位を占める裁判官の一部は権威主義政権下の古い法的解釈と慣行を受け継ぐ人々であり、故に彼らの排除なくしては「司法の民主化」は実現できない、とする理解だ。彼らにとって、過去の上級裁判所の判決とは、判例として尊重すべきものであると同時に、時に「過去」の古い法的解釈と慣行、とりわけ司法の政権への従属を示すものであり、積極的に打破されるべきものと見なされるようにもなった。

忘れてはならないのは、韓国には韓国固有の司法制度と歴史、そしてその下で培われた独自の「法文化」が存在することだ。

とはいえ、それだけでは1987 年の民主化から既に34年を経た2021年、この問題が突如としてわれわれの目の前に大きな問題として突き付けられていることを説明できない。では、2021年に固有の状況を説明するものは何か。

結論から言えば、今日の韓国で進む進歩派と保守派、つまり左右両派の深刻なイデオロギーの分断である。イデオロギー的分断の進行とそれに伴う党派間の対立の激化は、アメリカをはじめとして今日の世界各地で見られるが、韓国もまたそのさなかにある。

そして当然ながら、このイデオロギーの分断はそもそも政治色の強い韓国の裁判官たちの法的理解を左右両派に大きく分断し、その影響は国際法に対する解釈の違いへと及ぶ。すなわちそこでは、進歩派の裁判官が「過去」の判例を積極的に書き換え、国際社会において学説としても先鋭な少数説を積極的に採用する。

裁判官に広がる思想対立

これに対し、保守派の裁判官は古い国際法の理解を尊重し、従来から採用されてきた多数説を採用する。こうして彼らは国民の前に、異なる「未来」を提示する。このような状況下に置かれる現在の彼らにとって重要なのは自らのイデオロギーに忠実なことであり、上級裁判所の判決ではない。

結果、彼らの日韓両国の「過去」に関わる判決も、統制を失って2つに分かれることになる。言い換えるなら、彼らの判決の違いは、日本に対する配慮の違いなどではなく、彼らが信奉するイデオロギーと、「未来」像の違いである。そこには彼らのある種の「信念」が反映されており、だからこそ彼らは互いに引かずに対立を続ける。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中、通商分野で歩み寄り 301条調査と港湾使用料

ビジネス

テスラの10月中国販売台数、3年ぶり低水準 シャオ

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story