コラム

慰安婦訴訟、国際社会の「最新トレンド」で攻める韓国と、原則論で守る日本

2021年01月08日(金)21時09分

だとすると、「主権免除」を理由に、ここで裁判を放棄するのは賢明ではない。参考になるのは、同様に第二次世界大戦時の事例で、「反人道的不法行為」を理由に、イタリアやギリシャの裁判所で、自らの「主権免除」が否定される判決を受けたドイツの事例かも知れない。

第一審で日本と同様の事態に直面したドイツは、ここで控訴して上級審、更には国際裁判所で戦う事を選択している。そしてそれは何も上級審や国際裁判所で逆転勝利する可能性が存在したからだけではない。上級審等で戦う過程で「反人道的不法行為」の範囲を明確に定める事が出来、また、自らの主張の正当性を、裁判が行われている国家や、何よりも国際社会に訴える事が出来るからである。

司法積極主義の韓国

見落とされてはならないのは、現在の国際法では、「主権免除」の範囲を限定的に考える方向で議論が進んでいる、という事であり、先のドイツに対するイタリアやギリシャの下級審の判断もこの流れに位置づけられている事である。法律の解釈は安定的であるべきであるとする司法消極主義色の強い法文化を持つ我が国と異なり、司法積極主義の傾向が強い韓国では、国際的トレンドや国内世論に合わせて法解釈を能動的に変えていくべきだという考えが強い。

だからこそ、今回のソウル中央地方裁判所の判決もまた、一面では現在の「主権免除」に関わる国際法上の議論を、その「最先端」──それが真にこれからの国際法における「最先端」となるか否かはともかくとして──で捉えようとしたものだとも言う事が出来る。

だからこそ、仮に彼らの国際的トレンドに関わる「読み」が当たっていれば、今日の段階では「例外的」に見えるソウル中央地方裁判所の判決が、例えば20年後には、「当たり前」のものになっている可能性もない訳ではない。

そもそも国際法、とりわけそこにおける国際慣習法の解釈は時代により大きく揺れ動くものであり、だからこそそこにおいて自らの意志を反映させたければ、自ら声を挙げて主張し、時に裁判の場で粘り強く戦う必要がある。

どんなに強く自らの主張の正しさを信じていても、そしてそれが実際に正しくても、主張の発信を怠れば他者、つまりは国際法のトレンドと解釈を決める国際社会に、理解される事は無い。だからこそ自らの正しさとその信念に安住し、徒に沈黙を守る事は賢明だとは言えない。そしてそれは本来なら、韓国との間の歴史認識問題を巡る対立の中で、日本が学ぶべき教訓の筈だ。世界中に建つ慰安婦像を見ればわかる様に。沈黙と逆効果しか持たない自己満足的な運動の結果、韓国に一方的に押し込まれて来たのが、これまでの歴史認識問題を巡る我が国の経験の筈だから、である。

確かに主張する事は煩わしく、時に大きな批判を浴び、傷つく事にもなる。或いは時に裁判に敗れる事もあるだろう。しかしながら、国際社会で戦い、自らの位置を勝ち取り、生き残るには、その労苦を厭うべきではない。韓国国内で敗れれば、次には国際社会で戦えば良い。その為には安易な沈黙と政治的妥協を模索する事なく、裁判の場できちんと戦い、自らの主張を国内外に発信し続ける事が重要な筈だ。それこそが「法治国家」を自負する国家の在り方ではないだろうか。


プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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