コラム

英キャサリン妃の癌公表で「妬み」も感じてしまった理由

2024年03月28日(木)19時25分

もちろん、本当の問題は王族が良い治療を受けていることではなく、国民のほとんどが悪い治療を受けていることだ。イギリスのNHSは混乱状態にある。待機リストは膨れ上がっている。軽度だが慢性的な健康問題を抱えている人々(僕もそうだ)は、ほとんど治療にたどりつけない。

ところが、深刻な病気を抱えている人の場合でも、ひどい遅れが生じている。癌を患う人々は、命を救う望みのかかった治療や手術を何カ月も待たされているのが実態だ......そのうえ「あと6週間延期されます」との手紙が届いたりしている。最近の調査でNHSへの国民の満足度が史上最低の24%に低下しているというのも意外ではない。

以前なら、民間と国営の医療制度の差はそれほど大きくなかった。お金のある人は良い「治療結果」を得るためと言うよりも、快適さや利便性を求めて民間にお金を払っていた。テレビとおいしい食事付きの個室や、医師が十分に時間を割いて対面診察するサービス、専属看護師がつく(おそらく掛け持つ患者は2、3人)など。手術後の回復期には、クリニックでスパも利用できるかもしれない。

それに比べてNHS病院の病棟ベッドは味気ない食事だし、看護師は患者一人にほとんど時間を取れない。

あるいは民間病院を選ぶ人は、自分のスケジュール上都合のいい時に治療を受けたいだけなのかもしれないし、NHSでは受けられない治療(例えば特定の美容処置など)を望んでいるのかもしれない。

NHSは緊縮財政で慢性的に予算不足

だが、概していえば、「無料」のNHSは基本的に非常に高価な民間医療と同じくらい病気の治療では優れていると受け止められていた。実際、あらゆる分野の専門医を抱えるNHS病院のほうが、専門性のある民間クリニックよりも安全な場合もあるだろう。例えば、歯科手術のために病院に運ばれて、予期せず脳卒中に襲われた場合などだ。

だが、緊縮財政のせいでNHS予算が慢性的に不足し続けている。国民の寿命は延び、より多くの治療が必要になっているのにも関わらず。

NHSは、運営面でも大きな問題がある。他の巨大官僚組織と同様に、NHSにも不条理な非効率性がある。さらにある意味、国営と民間の「2層構造」ですらない場合もある。そこそこ金持ちの人々の多くは、診断を受けるために民間病院で金を払って一度限りの診察を受け、その後にこの診察結果がNHSに「照会」されることで、NHSで優先的に治療を受けることができる。その一方では、NHSで初の診察と診断を受けられるのをじっと待っている人々もいるのだ。この状態は「割り込み」と言われている。

そんなわけでもちろん、将来の王妃の回復を僕は願っている。でも、「一般国民のようじゃなくてラッキーだったね」と思っているのは、僕だけではないだろう。

ニューズウィーク日本版 台湾有事 そのとき世界は、日本は
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月26日号(8月19日発売)は「台湾有事 そのとき世界は、日本は」特集。中国の圧力とアメリカの「変心」に強まる台湾の危機感。東アジア最大のリスクを考える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏も称賛、ゼレンスキー氏の「黒ス

ワールド

日本企業、アフリカ成長にらみビジネスアピール TI

ビジネス

米財政赤字、今後10年でCBO予測を1兆ドル上回る

ワールド

NZ中銀、政策金利3年ぶり低水準に下げ 追加利下げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 6
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story